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八百屋が閉店

2007 年 12 月 3 日 コメントをどうぞ コメント
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自宅から大通りに出る前の路地に八百屋があったが、閉店してしまった。
いわゆる昔ながらの八百屋というヤツで、店内だけでなく路肩にまで野菜・果物を陳列していていたり、レジは天井から吊り下げたざるだったりと、なかなか風情があった。
いい感じにお歳を召したおじさん親子が静かに経営していたと思う。
時間帯的に私の通勤時間帯には開店していないのに加えて日曜日は休業日だったため、あまり買い物をする機会はなかったのだが、たまに気の向いたときにみかんや干芋などを買っていた。
もともと接点が少ない上に、朴訥な店主との会話は「みかんの個数と値段とおつり」くらいのやり取りくらいであったため、閉店の理由は全くわからない。
妻の話では、10月に「今月一杯」で閉める旨の張り紙が張られているのに気が付いたらしい。11月になっても「今月一杯で閉店」の張り紙が張り付いたままだったが、先日の土曜日に店の前を通ったところシャッターは閉まっていたので、本当に閉店してしまったのだろう。もしかしたらのっぴきならない状況での閉店だったのかもしれない。
いずれにしても寂しいし、惜しい。
引越ししてきた当初は、
「パセリもクレソンもズッキーニも置いていない!」
なんて憎まれ口を叩いていたのが、ほかに商店などがない、ひっそりとした住宅街に、 1軒だけ八百屋が開店しているだけで、なにか地域的な温かみがかもし出されており、どこか町の安心感をもらっていたような気がする。
車の心配も少ないし、家から一番近い買い物ポイントである、という絶好の立地条件であっため、今年生まれた長男の「はじめてのお使い」はあの八百屋にしよう。なんて勝手に画策していのだが、残念ながらそれはできなくなってしまった。

駅前の大型スーパーが改装を終え、深夜1時までの営業になったりと便利なことは素直に喜べる。
だが、こういった小さな個人商店の消滅は「時代」なのだろうか。
自分が子供時代に当たり前に存在したものが少しずつ変化していき、息子の時代には当たり前でなくなっていく、という事例の一つのような気がして、息子と私の共有できるものが少しずつ奪われてしまうような、妙な寂しさを感じた。

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