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下垂体腫瘍闘病生活記22【入院手術後8 11月28日】

12 月 6th, 2007

毎朝、朝食後に薬の処方(飲み薬)があったが、本日から自分で管理することに。
朝食後に
・コートリル10mg
・オメプラール20mg
を服用する。
コートリルはいわゆるステロイド剤だが、副腎皮質ホルモンの補充として。
オメプラールは胃を守るため。

昨日撮影した術後のMRIなどの資料がそろったため、夕方、術後の説明があった。
説明は病室ではなく、専用の説明室のようなところだった。
6人ほど入れる小さな小部屋で、テーブルと人数分の椅子、壁にはMRI写真透かしてを見るための機材、テーブルには人体模型の頭版。

普通に歩けば30秒もかからないほど近いところにある部屋であったが、母と兄と病室をでて、到着するまでに数分かかった。車椅子ではなく、徒歩で壁伝いに歩いたからだ。

まだまだ徒歩による衝撃で頭がたぷんたぷん揺れて頭痛が起こる。
そろーりそろーり、下を向かないようにゆっくりゆっくり。
途中のナースさんや他の患者さんたちとすれ違う時はひやひやものであった。

すたすた前を行く兄に向かって、何度か「早いよ!」と呼び止めたが、思えば兄はそれでもスピードはかなり私に合わせてゆっくり目に歩いていたと思う。

できるだけリアルに、話し言葉で説明を記しておく。

【術後経過説明会】
 日時:17:00ー17:25
 場所:西病棟B 5階 脳神経外科病棟

どういう手術をしたのか、という話からですけれども、これが実際の手術所見の紙なんですが・・・・
といいつつ、英文の論文のような紙をファイルから取り出して広げる、紙には「手術記録」とある。
見せていただいた内容は下記の通り。
 
術前診断:Pituitary adenoma
術後診断:ditto(同上)
手術術式:Removal of the tumor ria rt. endonasal transsphenoidal approach
手術時間:9:59-13:02
主麻酔:基礎麻酔
出血量:33ml
尿量:275ml
輸血量:0ml
輸液量:1180ml
摘出標本:有
組織標本:有
 
術後説明の写真以下、写真を示しながらの説明。
 
これが手術前の写真、これが手術後の写真ですね。(MRI写真)
 
これが下垂体のある場所ですね、ルートとしてはこういう形で行ったわけですね。
(顔の全面、鼻部分からまっすぐ腫瘍のある場所に線を引くようにして説明。写真[1]の進路(グレー))
 
正面を取り除いて、見えたのが、これです。
ここまで到達して、ここの骨(経蝶形骨)を開けて、硬膜(dura:脳および脊髄の外膜)という膜をあけたところ、そうするとこういう風に腫瘍(tumor)が見えてくると。
で、この薄いピンクのやつがすべて腫瘍(tumor)です(写真[2])。
で、赤いのは当然これ、血ですわね。滲んでくるような血は、やはり、ありました。
でまあ、非常にやわらかくて、採ったものを手術の後ね、お見せして、まだご本人はぼーっとしてたかも知れませんけれど、ふわふわしたのをご家族の方にお見せしたんですけれども。
 
これをどんどんどんどん採って、採っていくと、大体採れたところがこれです(写真[3])。
そうすると、赤く見えるところはくも膜(arachnoid)なんですね、くも膜というはどういうところにあるかということ、腫瘍の上を部分、この腫瘍の上の部分を覆っている膜が、すべて腫瘍を取っちゃったために(下に支えるものがなくなって)ここまで下に下りてきちゃったと。本来はこれはずーっと上の方にあったわけです。垂れ下がってきたわけです。
 
で、全部とっちゃって、とった後ですね。こうやって内視鏡―胃カメラの小さいやつですね、それを入れて覗いてきたと(写真[4])。そうするとこの、盛り上がったこの、くも膜ですね、横の部分を覗いているわけです。
これはね、左側の方を覗いているわけですけれども、細い管で残ったところを取っているところです。
 
で、全部、残ったのも全部取ったのが、これです(写真[5])。
そうするともうここがぽっかり、へこんじゃっているんですね。
で、まあ、横の部分も確認して、見えるところは全部とってきたと。
 
この写真を見ていただければわかると思うんですけれども、(MRIの新旧写真を指しながら)これ、あったところですね、同じところの写真が、だいたいこれですかね。これとかこれ。綺麗になくなっちゃってる。
 
まずね、これが綺麗に取れてしまったということを証明するためには、えーと、こっちに見えているのは視神経なんですね(もっと細かいMRIの写真を示しながらの説明)。
手術の前にも僕お話したと思うんですけれど、視神経(の断面)があるはずのところに、(腫瘍に押し潰されて)うすべらったく平べったくなっちゃって、もう見えない状態。っていうお話をしましたよね。それでこれ見えてなかったものがこれだけ(断面が丸くなって)見えているんですよ。
でもうひとつ、よく見えなかったものが、ここにこう、ちょんまげみたいに飛び出ているものがありますよね、これとつながった部分がこれなんですけれども、これは下垂体の茎といって下垂体がぶら下がっている、ここの部分ですね。これも腫瘍で押しつぶされて見えなかったのが、こうやって見えてきた。
で、これでいう底の部分、底の部分というのがここです。
で、空間だったんですけれども、空間だったところにお水がたまっています。これは、手術で中を洗ったり、顕微鏡・内視鏡でやるときに水でよく洗うんですけれども、ここまで行くのにも洗いながら行くんですけれども、それがたまっているのが白く見えているところです。
で、ここのところが取りきってしまってぽっかりあいたところですね。ここの部分は、今回あんまり水が漏れなかったで、脂肪は腹部から取らないで、植物繊維と、それから糊ですね、人間の血から使ったという糊を使って詰めてきたと。
それからとった中の色、というのは、これとこれなんですね。色が違います。こっちは黒が混じっていますけれど、こっちはまっ白けっけですね。まったくこれがなくなってしまって、中が(水や糊に)置き換わっていると。 
横から見てもこうですね。
視神経が爪楊枝みたいにこうやって見える。平べったかったのが綺麗に見えてみる。
 
なのでまあ、手術の後に、手術の前の視野の検査ではそんなに強く(視野狭窄の)症状は見られませんでしたけれども、術後すぐに目(の見え方)が明るくなった気がしませんか、と聞いたわけです。どうです?
 
(そう言われればそうかも知れないが、もう慣れちゃっているだろうから、わからない。視力は若干よくなっているような気もするが、自分では劇的な変化は感じなかったと答える)
 
で、まあ手術の前にですね、この部分はどうなるかわからないというところがありましたよね?
今回の手術の所見・画像からはですね、今回の腫瘍とは別の原因かもしれない、と言ったところですね。(視野検査の結果。確かに視野の欠損はあるが、腫瘍に圧迫と考えられる部位ではなさそうであると考えられるため、手術で腫瘍を摘出したとしても、その欠損がなるかといえばそれはわからないという話)
そういったものも評価をしたいので、今後ですね、眼科で視野検査は一応、お願いするつもりです。
 
あとはこれ(腫瘍)が何であるか、ということですね(良性か悪性かという意味で)。
手術中にですね、迅速診断といってですね、簡単に顕微鏡で調べてもらったときには予想通り下垂体線種といって良性のものだろうと、ただ最終的な結果はですね、今の時点では出ていません。
で、大体10日から2週間くらいはかかりますのでその結果は次回の外来の時にお伝えします。
ただまあ、見た感じもそうですし、悪いものではないと思いますので、その辺は、あんまり心配しないでいいと思います。
で、あとはその病理の結果にもよりますけれども、取れるところはきれいにに取ってきましたし、画像上もね、これで見る限りは残ったところは「なさそう」なので、まあ「なさそう」とわざと言っているんですけれども、それは、あの、手術の後ですとね、水があって白いところがあるといいましたけれども、手術の操作によってちょっと「ぐちゃっ」としているところもあるんですね。
なので、MRIはですね、手術のあと3ヶ月後にもう一回撮ります。
最終的に残っているところがあるかどうかっていうのは3ヶ月後の方をみて、確定することになると思います。
水っていうのは基本的に吸収してなくなります。
 
でまあ、手術中もですね、にじみ出るぐらいの、要は水(髄液)漏れは、ありました。手術中にはね。ただダーダー漏れてくるほどではなかったので、おなかから脂肪をとってつめるということはしませんでした。
なので、基本的にはですね、今後水漏れが起こるか起きないか、確率的には非常に低いと思いますけども、ただあのー、手術中にですね、我々は悪いことをするわけじゃないんですけれども、水が漏れて、だからその後水が漏れるっていうのはよくわかるんですけれども、そうじゃなくても水漏れがおこった方っていうのは数は少ないんですがいるんですね。
なので、まずは1ヶ月間はですね、頭の圧が上がるようなこと、ま、一番は鼻をかんだり、あと下を向いて物を持ったり、そういったことはやめたほうがいいと思います。
ま、1ヶ月待って、特に問題がなければ徐々に、で、3ヶ月くらいはあんまり、激しい運動はしないと。
っていう感じですかね。
 
あとは今後あのー、昨日から内分泌内科にデータ上、カルテ審ということでかかっているんですけれども、あとは向こう(内分泌内科)の部屋が空き次第、移ってもらうと。
 
おしっこがですねぇ、手術の後お薬を一日2回使ったりだとかね、しましたけれども、少しずつ落ち着いてはきているので、このペースであればしばらくすれば(薬は)使わなくてすむんじゃないかな、と思います。
おしっこに関して言えば、補充療法は必要なさそうです。
 
あと、朝1回飲んでもらっているコートリルというお薬ですね、これはですねぇ、なんでもない方でも1ヶ月・2ヶ月はしばらく飲んでもらいます。
それで、内分泌内科の検査の結果を見ながらですね、向こうの先生が徐々に減らして行ってくれると思うので、それに関しても多分、最終的には飲まなくていいようになるんじゃないかと思います。
 
で、あとは鼻に関してですけれども、今は耳鼻科の処置、してもらっていますが、結局ですね、あれをやって傷の治りがよくなるとか、あ、今みたいにずってすすらないでくださいね(私じゃなくて先生がすすっていたのだが、私がやったと勘違いされておこられた^^;)
基本的にはですね、ネブライザーみたいなものをして、鼻の通りがその後よくなるんですね、そうするとよく気持ちがよくなるらしいです。なので、もしそれをやって気持ちがよくなって鼻の通りがよくなるのであれば、耳鼻科で週に1回でも2回でもやってもらうと楽かな、と。
だけれども、絶対にやらなきゃ治りが悪くなるとかね、そういったものではないので、ま、ご希望であれば継続して、それもですね、わざわざ横浜からこちらまで通うことはないですので、必要に応じて耳鼻科から紹介状を出しますので近くの開業医の先生にやってもらうことができます。
 
今後、起きることがあるとすれば、手術は何でもそうですが、後になって髄膜炎といってですね、ばい菌が入って、要は炎症を起こすことがあるんですね。症状としては頭がものすごく痛くなって、熱がでて、で、それに伴って、もし水が鼻から出るような感じがあれば、それは限りなく怪しい。だけどそんなことはそうですね、年に1人いるかいないかくらいですので・・・もしそのときは電話で連絡ください。
 
あとは内分泌内科で3・4日くらい検査をすれば退院となると思うので、それがまあ、今週中になるかどうかは向こうのベッド状況なのでなんとも言えませんけれども、その後年内にですね、うち(脳神経外科)の外来を受診していただきます。こちらで予約を取っておきますので。で、家での様子を聞かせてもらって、それで3ヶ月後のですね、MRIを予約をすることになると思いますから。
 
ま、手術前にいろいろ脅しちゃいましたけれども、基本的には怖いことは起きていませんので、まあとりあえずはうまくいったかなと。
 
はい、といったところですが、何か質問などは?

と、言うことで以下Q&A形式でまとめました。

Q.
頭痛がひどい。
何もしなくてもいたいのは2日前までで静まった。
咳・ちょっと歩いたり、寝起きするだけで激痛がはしったりするが大丈夫か?

A.
徐々によくなっていくと思います。
一応手術でね、切っていますからね、まあ痛みに関しては、数日前、ひどかったのがだんだんとよくなってきているわけですから。ですから、まだ1週間ですからね、それは少しずつ、よくなっていくと思います。

Q.
頭の中で素潜りしたようなきゅっと言う音がなるがこれは?

A.
中にまだ水がたまっていますからね、まだちょっとそのあたりの調節が難しいかも知れません。
今後減っていけば、大丈夫だと思いますよ。

Q.
鼻呼吸は普通にしてもいい?

A.
してもいいですよ。口でばっかりしていると乾いちゃいますからね。でもクドイようだけど、”すする”のはだめ。それから、下向かないでください。前傾姿勢ってやつ(はだめ)。
要するに、自分で頭の圧が上がるのってわかるじゃないですか、そういったことは禁止、ということです。
だから、横を向くとかは大丈夫です。

Q.
1mmたりとも?

A.
smilelessさんね、ちょっとあの、まあ、お母さんとお兄さんはわかっているかもしれないけれど、ちょっと神経質すぎのところがあるので(笑)。まあでもそのくらいでいてもらったほうが安心は安心ですけど、まあ、ちょっとその辺はもう少し気楽にかまえてもらってもいいかもしれない。
頭が痛いものも、切ってんだから。そりゃいたいと思いますよ。でも5日でだんだん治ってきているんだから。

Q.
大便のふんばるのももちろんだめ?

A.
だめです。もし出ずらいのであれば寝る前に下剤を飲むとか、水分を多めにとるとか、そういう工夫は必要でしょうね。

Q.
髄膜炎の話、1ヶ月くらい経ってもなることはあると?

A.
あります。
そのときは救急ではなくて、電話で相談してください。
一番困るのは勝手に救急車で着てもらうことなんですよ。
そうすると、要はベッドがないわけですよ。電話で事前に相談してもらえればね、たとえば近くの関連施設に頼んだりすることができるし、髄膜炎といったって別にあのー、抗生剤の点滴をすれば治っちゃうわけですよ。
ここまでいきなり来ていただいて行き場所がなくなってしまうのが一番困るので、まずは電話で相談してください。熱も39度とか、40とかでますから。

Q.
腫瘍は柔らかかかった?
やわらかかったらとりやすいもの?

A.
そう、基本的にこの腫瘍はやわらかいものなんですが、たとえば箸でつまもうと思ってもつまめない、それくらいなんですよ。白子の中のやわらかい部分をさらにやわらかくしたような感じです。
だからこういう小さなおわん上のこういうのでつまんで取るわけですね。

Q.
万が一残っていた場合には?

A.
基本的にはちょっとやそっと残っていてもそのままにすると思います。
手術前にもお話しましたが、たとえばこれが視神経も圧迫していなくて、半分の大きさで、smilelessさんがじゃあ、あと30歳年をとったときにどうするか、というと、これ手術しないんですよ。
だから、ボリュームとしてこの半分のものでも基本的には手術をしないで経過をみるというものなんですよ。
ま、そういう性格のものなので、ちょっと残ったからといってじゃあ、どうなるかというと、多分、そんな大きくなって何か悪さをするころに、smilelessさんの年齢がいくつかですよね?
MRIで年単位で追っていって、もし大きくなる兆候がある・・・程度じゃあ、何もしないです。
この大きさまでいったら初めて、やる、といった形ですよね。

で、最後の締め。

また不安がらせるようで申し訳ないんですけれども、やはり同じくらいの大きさで、30代の人で、病理の結果ではそんなに悪いものではなくて、でもね、6年たって、大きくなって来た人がいたんですよね。ただ確率としてはそんなもんですよ。
僕もびっくりっていうくらいの。うちでこの下垂体の腫瘍、得に線種というは400例を超えているんですけど、(再発して大きくなったというのは)その人ひとり。だから統計をとったらもっと少ないかもしれない。それくらい良性のものなんですよ。
 
だからもし、大きくなって再発、ということになったとしても、手術以外に放射線治療という方法があるんですね。もし小さなものがあって、それが大きくなる傾向があれば、その時点で1日で済む治療なので、放射線をかけて治療してしまってもいいし、そんなに今の段階で神経質にならなくもいいと思うんですよね。
まあ、この後1年に1度MRIを取りに来てくださいって3ヵ月後に言われると思うので、それを守っていただければ、大丈夫だと思います。
まあ、基本的にはね、きれいさっぱり取れちゃったと思います。まあ、もし何パーセントとれたかといわれれば、99.何パーセントとれたんじゃないですかね?はい。なのでまあ、残っている部分がね、大きくなったとしても、たかが知れているし、で、最終的な病理の結果を見る前に言うのもなんですけれど、基本的には悪そうには見えなかったです。
あとはもう合併症が起きなければ―水が漏れたりだとか、ね。

以上。

ということでした。
ほぼ全摘出、腫瘍はたぶん良性、髄液漏や合併症など怖いことは起きていないという完璧な内容。
ほっと一安心しました。

その後、お風呂に入ってすっきり。
この日はこころなし、ゆっくりと寝ることができました。

以下、補足の写真説明です。

補足写真1
鼻を器具でグッと広げて、奥に切れ目を入れています。
金色っぽく見えるところが切れ目ですね。焼きながら切っているようです。

補足写真2
骨まで到達したので、バリバリ骨を砕きながら取り除いている所です。
マジックハンドのようなものでバリっとツカミとっています。
なんかノミみたいな道具でガンガン叩いたりしてました。
また、ある程度穴が空いたら、角張っているフチの部分をリューターで削っていました。

補足写真3
硬膜を慎重に切リ開いたあと、ドンピシャで腫瘍が見えた状態です。

補足写真4
クモ膜が見えてます。
※クモ膜(くもまく、arachnoid mater)とは、脳と脊髄を覆う3層の膜(髄膜、ずいまく、meninges)のうち、外から2層目にあたるものである。一番外の硬膜には密着しているが、内の軟膜との間には広い空間があり、小柱という線維の束が無数に伸びてクモ膜と軟膜をつないでいる。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

補足写真5
内視鏡で内部から見た映像です。

補足写真6
摘出が終わって、硬膜を縫合してから、人口糊で固めているところです。

補足写真7
説明はありませんでしたが、さらに糊で固めています。

補足写真8
術後のMR写真、正面からです。
視神経の断面がきれいに丸く見えています。

補足写真9
術後のMR写真、横からです。

※ここまでで下垂体腫瘍闘病生活は峠を越えたといっていいと思います。
この後、12月1日に内分泌内科に転科となり、各種負荷試験をして術後のホルモン分泌を確認します。
継続して耳鼻科へ通いつつ、経過を見て12月10日に退院、という運びになりました。
えーっとですね・・・
術後、ホルモンバランスが一時的におかしくなった所為か、それともとりあえず安心した所為なのか、急にこのあたりから体と心がだるくなり始めて、しっかりつけていた日記があまり内容のないものなっていくんですね。なので次回、退院までの流れをザーっとまとめた内容をupして、それでラストになるのかな、と思います。
はぁ、Blogに書き始めたときにはすぐに完結すると思ったのですが、1年以上かかっていますねぇ・・・。
そういえば、6ヶ月になる息子が最近離乳食をはじめた、という記事を書きましたが、「おもゆ」の残りのお粥は私が食べました。入院していた時、つまり1年前の賞味期限の切れた梅干が冷蔵庫に眠っていたのでその梅干を添えて。すっごく懐かしかったです。ああ、一年経つなぁと。しかも、99円ショップで買ってきた鳥の竜田揚げも一緒に食べたのですが、入院時、見舞いにきた兄がよくローソンで鳥の竜田揚げを買って来てくれて、お粥と梅干と竜田揚げという組み合わせだったなぁと。まったく同じメニューを退院してから食べるとは思いもよりませんでした。入院時によく飲んでいたJAVATEAやポカリスエットなどを飲むとまざまざとそのときのつらい思いがよみがえったので敬遠していたのですが、どういうわけかお粥+梅干+竜田揚げの組み合わせは温かいものを感じました。

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下垂体腫瘍闘病生活記21【入院手術後7 11月27日】

11 月 17th, 2007

濡れたスリッパ
朝起きたらネブライザー(加湿器)からの水漏れで、下に置いてあったスリッパがびしょびしょになってしまっていた。
相変わらずネブライザーの調子が悪い。やっぱり古いからだろうか。
スリッパはエアコンの送風口においておいたらほどなくして乾いた。

もう、鼻で息ができるようになり、注意していれば口を閉じていても大丈夫(おそるおそるだけど)。
なので、ネブライザーがどうしても必須というわけではない。

昭和のネブライザー
看護師さんがうまく動かないネブライザーを見て、
「見るからに『昭和』ですよね」
とつぶやく。まあ言われてみれば見た目、すごく古臭い。マシン、というよりボイラー、みたいな。
新しいのがあるならまわしてほしいなー、でもないんだろうなー。
昭和といわれたネブライザー、結構高そうだけどな。大事に使ってもらいなさいよ。

午前中にMRIを撮る。
造影剤を使うのでまた承諾書にサイン。
午前11時ごろにMRI室に車椅子で行ったのだが、ふと思う。
これまで、造影剤を使うときはいつも直前の食事は抜きだったような・・・でも今日はしっかり食べたなぁ。
ということで技師さんに質問してみた。

「するどいですね、確かにその通りです。でも、もう11時なので、朝食摂取から時間もたっていますし、大丈夫ですよ」

とのこと。
また、入れた造影剤は尿で出るため、MRI終了後は水分を多めに摂取することを奨められる。
でも私は水分摂取量に制限がついているこれについては?と聞いたところ、脳神経外科の看護師と相談するように言われた。
だがそんなに深刻ではないらしい。

さて、MRI。
これまで寝るときなどは枕にベッドのリクライニングだったため、若干上体および頭部が身体より高い位置にあった。
初めてのまっ平ら上体の仰向け。
やっぱいというか、頭に血が行く。そして猛烈な頭痛。
やばいと思ったので一旦起き上がり、一休み。
落ち着いたので技師さん二人に身体を任せてゆっくりゆっくり寝かせてもらった。
じゅわっとした頭の膨張を感じたが、頭痛も我慢できるレベルに落ち着いたのでそのままMRIを継続。
造影剤は右手の点滴チューブから注入。
12時15分くらいに終了。危うく寝てしまうところだった。

この日も尿が結構たくさん出たが、比重を検査したところ、濃いので薬(デスモプレシン)の投与はしなくても大丈夫とのこと。
また、造影剤の為に水分摂取をどうすればいいのか聞いたところ、これまでどおり1時間に100CCの摂取量で十分造影剤を排出できるとのことだった。
実のところ、これを口実にいっぱい水分取りたかったけど、残念。

次に耳鼻科。きょうはお出かけ2回目。
耳鼻科の先生はたくさんいらっしゃるようで、前回とは違う方であった。
掃除以外に、鼻の中に吹き付けた水分は何かとか、突っ込んだ綿棒(先に薬品が染み込ませてある)の役割は?
とか少し詳しい説明がほしかったので、
「今日はどんなことをしたのですか?」
と聞いたのだが、
「鼻の処置です」
と一言。うーん。それはわかるんだけど、もっと具体的に・・・^^;
ちょっと会話が苦手そうな方だったのでま、今回はあきらめて、また次の機会に聞いてみよう。

そして、待ちに待った点滴針の除去。
これで晴れて全部の管から開放された。

夕方会社の同期がかけてつけてくれたが、話をしている途中で頭痛がひどかったのでやむなく寝ることにし、話も半分で帰ってもらってしまった。
悪いことをしたなぁ。
土産にこち亀のクリスマス特集をもらったが、なぜ彼がそれを選んだのかは謎。
私と彼の話の中でいままで一度もこち亀の話題はなかったと思う。
ただ、やっぱりまだまだ気を使いながらの会話などは疲れる。倦怠感もある。
兄が付き添ってくれていたが、こういうとき、家族には気兼ねすることがなくて大変助かった。

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下垂体腫瘍闘病生活記20【入院手術後6 11月26日】

11 月 16th, 2007

昨夜、ウッチーが
「ご飯の食べる量が最低半分以上になったら点滴はなくなるから針が抜けるね。」
と言ってくれたので一生懸命食べた。
おかずはまだ無理だけど、お粥中心にすればなんとか半分はいける。

食べる前
頑張って食べた後

よっしゃ!頑張って食べた!
ということを本日担当の看護師さんに伝えたが、まだ抜けないそうで・・・・うーん。

昨日尿管が抜けたので、水分のINとOUTを自分で測ることになった。
自分のメモ帳に、尿が出たときの量と、前回からそれまでに飲んだ水分量を書いていく。
統計をとってみると、入った量より出た量のほうが断然多い。
やはり、尿崩症のようだ。
このままでは脱水症状などが怖いので、鼻から薬(デスモプレシン)を入れる。
だが、この日は1回だけで済んだ。

また、この日は頭痛の種類が違った。
これまでに経験したことのないようなものであり、おおむね下記のような症状だった。
・じっとしていたらそれほど痛くない。
・少しでも動くと膨張して爆発しそうな勢いの痛さ
・咳をすると、どんなに小さく抑えても激痛が走る
・どくどく脈を打つような感じもあるし、ぷちぷち血管が切れそうな勢い(大げさではなくて)

しかしこれは血流の流れによるものでそれほど心配しなくてよいそうだ。
本当に脳卒中などになったときは吐き気を伴ったり、気を失ったりするらしい。
ちょっとは安心したが、突発的に起こる痛みなので、なにが起こるかわからないため、
痛み止めの薬(ロキソニンや座薬)は極力やめて、痛みを感じられるようにした。

劣化した点滴チューブと針

右手に刺さったままになっている点滴用の針の部分がちょっと痛くなってきた。
現在点滴はしてなくて、針を刺したままチューブを腕に巻きつけている状態。
なのに、なにか冷たいものが入ってきたような気がした。
うーん。どうしよう?と思ったが、これが大事に発展してしまっては困るので、一応看護師さんを呼んでみた。
一通り見てくれたが、
「うーん、大丈夫なようですけど・・・これ、オペのときのですっけ?(6日も経つから)もう限界ですよねー」
といわれた。
限界なら取るなり換えるなりして欲しいんだけれど・・・。
管の中は生理食塩水だろうか?軽く掃除をしてもらった。

妻・父母・義姉夫婦と姪が来てくれた。
体力的に、昼間も起き上がっていろいろとできるようになってきた。
下を向かないでできることといったら、そうないのだが、元気にはなってきている。
夕食は完食できた。
どうしても点滴の針を抜きたいから、がんばった。

この頃になると、夜間はDVDを見たり、ちょっと余裕も出てくる。
喉が渇くがあまり量を飲んではいけないため、麦茶入りのペットボトル(500ccや1000cc)を
凍らせて机の上においてちびちび飲んだり、市販のIceBox(かち割氷)を食べたりした。
IceBoxはグレープフルーツ味。
思ったよりあっさりしているが、一旦解けてしまうとかなり甘い。
あっさり系では家族が凍らせた氷をほおばるのが一番だが(水だし)、総合的にみると、
一番持ちがいいのはこんにゃく畑ゼリーを凍らせたものだった。
表面から少しずつ解けていくので、口の中で長持ちする。
甘すぎないのでそれによって渇きが増進されることもない。
喉が渇く人にはお勧めです。

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下垂体腫瘍闘病生活記19【入院手術後5 11月25日】

11 月 15th, 2007

ずっと休んでいた下垂体腫瘍闘病日記を再開します。
いやー、もう1年経つんですねぇ。

下垂体腫瘍闘病生活記のもくじは左ペインをご参照ください。

朝から採血。
何のための採血かは説明がなかったが、おそらく一般採血で、感染症などの検査の為だろう。

午前中、病室内をちょっと歩いてみる。リハビリトレーニングのつもり。
次回耳鼻科に行くときは、車椅子ではなく、自力で歩きたいと思ったからだ。

水分の摂取量をメモしているが、看護師さんに朝食時の水分が多すぎると怒られる。
尿の量がちょうどよかったのに、多くなったらしい。
そんなこといわれても・・・特に制限言われてなかったし・・・。
そりゃ、飲まなきゃそれだけ出る量は減るだろうけれども、これは比率の問題じゃないのだろうか。

尿量が増えたらまた鼻からストロー薬、だそうだ。
水分摂取量は100cc/hに抑えること(他に点滴もしているのだが)と強く言われる。
のどが異様に渇く症状は改善されていないので、この制限は結構きつい。

ただ、順調に行けば今日の昼に尿管をはずして自由に歩行できるそうだ。うれしい。
そしたら、お風呂も入れるはず、がんばってね、といわれる。

午前中に主治医の先生が様子を見に来た。
A先生、I先生の二人。

水分を取りすぎだと怒られてしまった旨を伝えると、
「見たところ、唇が乾いていてぼろぼろだし、肌にも潤いがないなぁ。
喉、渇くでしょ?
体が欲しているなら飲んでもよいよ。増えたらそれはそれでしようがないから」
と、うれしいことに水分制限が解けた。

また、極力塩分摂取をするように、と言われていて、頑張って苦手な梅干を食べていたのだが、
「今のところそのようなデータは出ていないので無理に食べることはない。
逆に、現在の尿の成分が無理に塩分を摂取した結果になるのは避けたい。
自然な状態の成分を見たい。」
とも言われる。
看護師チーム側との食い違いがあったが、後に看護師さんから主治医の言うとおりでよかったと言われる。

午後になって、看護師さんが様子見にやってくる。
一応、私担当の看護師さんはいらっしゃるが、日勤・夜勤・担当の仕事で
いろいろな看護師さんが入れ替わりたちかわりやってくる。
一番明るくて、面倒見がよい方が
「トントン!」
とドアをたたく擬音を発して入ってきた。
通称ウッチー。
座薬が妙技で、すんなり入れること誰よりも上手い。
それだけで尊敬してしまっていた。
で、ウッチーは何しにやってきたかというと、なんと、尿管をはずしに来たという!

うおーっ!ついにその日がやってきたか!と。
ものすごく緊張した。
うれしいことはうれしいけれど、またあの苦しみに耐えねばならんのだな、と。

テキパキと準備をすすめるうっちー。
患部を見ることを避けて、必死にベッドの柵を握っていたが、
「はい、口で息をはいてくださーい」
の合図で息を吐いた瞬間に驚くほどすんなりスルンと外れてしまった!
痛みなんか全然なかった。
さすがウッチー。すばらしい!感動してしまった。

尿管の太さは、大体ナースコールの有線くらい。直径4ミリから5ミリというところか。
先端が縛ったように丸くなっていて、この部分の直径はもう少し大きい。
・・・こんなのが入っていたなんて・・・。
でも、ほんとうに楽に外れたなぁ。
これで、尿管ともお別れ!

また前回みたいに尿が出なかったらどうしよう。
と思ったが、
久々の尿意でトイレに行ったらすんなり出てくれた。いやーうれしかった。

その後、術後初めての自力お風呂。
今日はうれしいことだらけだ!
右手の点滴針ははずせないので、ラップのようなビニールで覆ってもらう。
「機械風呂」という、身体を自由に動かせない人の為の補助器具が設置されているお風呂に案内された。
広い。椅子やら器具やらがたくさんある。
風呂桶も大きい。
でも私はまだ湯船に浸かるのが怖くて、シャワーにした。
まだ頭を動かせば頭痛はあるし、下を見ることができないし、
顔面は鼻を強く押すことができないので手放しで風呂を楽しむ、ということはできなかったが、
ゆっくりシャワーを浴びて体全体をきれいにできた。
本当にすっきりした。
やっと生き返ったような気がした。

写真は窓から見た夕焼け風景
窓からの風景
(つづく)

下垂体腫瘍闘病生活 , ,

ハモとウナギ

8 月 14th, 2007

テレビでハモの自動骨きり機の紹介をやってました。
あれは職人だけの技だと思っていましたが、上手に切っているんですよー。感動しました。
実はハモは本当の旬が9月以降なんですってね。
でも、関西では京都の祇園祭りが終わったら一斉に人気がなくなって食べられなくなるそうで、マーケットに人気がなくて価格も10分の1程度になっちゃうんだとか。
だから、9月以降の脂ののったおいしいハモを骨ギリ、湯通ししておいて冷凍して次の年の売れる次期に安く出すんだそうです。ハモってほっぺた落ちますよね。ほんとうにおいしいですよね。

そういう流れもあるのか、大阪ではハモはほぼ1年中、スーパーで東京の半値以下で売ってるそうです。
関東ではあまり食べる週間がありませんものね。
うーん、食べたくなってきた!

東京ではハモはめったに食べられませんが、鰻は気軽に食べることができます。
脳腫瘍の摘出手術の後、定期的に病院に通って事後検査などをしているわけですが、いつも決まってお昼は鰻やさんにしています。
3件くらい周って一番おいしいところを見つけました。
うな丼→うな重(並)→うな重(上)→うな重(特上)
とありますが、違いは器と鰻の量、なんですよえ。何切れ乗っているかという。あ、上以上を頼むと肝吸いが付いてきますが。
店主と話をしたところ、九州産の油ぎっとりではなく、愛知のあっさりを仕入れているとのこと。で、一番美味いのは冬なんだとか。
どうにか冬に通院日がないかなぁ?と変な期待をしているあたり、もう元気な証拠。

下垂体腫瘍闘病生活, 料理・食べ物 ,

久々のMR検査

7 月 6th, 2007

ああ、下垂体腫瘍闘病記が滞っていますね。
早めに退院するまでをアップしたいと思います。

で、6月26日に久々のMR検査に行ってきました。
経過観察ってやつです。

結果は◎でした。
綺麗に取れていて、溜まっていた水もなくなってました。
見た目問題なし。
医師の方も、「完璧・・・」と思わずつぶやいてしまうほどの出来栄えみたいです。

午後一くらいにMRの検査をして、夕方に診察。
通常は結果待ちまで1週間ほど待つらしいですが、さすがというか、診察室のPCのブラウザからサーバーにある画像を直接見ていました。
フィルムはなし。
最近はこうなんだーとちょっと感心。

前回の写真と比較しながら、
「ほら、こんなに大きなのが、あ、ごめん。すっきり取れたでしょう?」
って見せてもらいました。
って、手術する前はそんなに大きさについては強調していなかったのに!
やっぱり直径3.5cmって大きかったのか・・・。

この先生、口が滑るのが癖のようです^^;
その後、視野検査の結果を見ながら、
「うんうん、視野の欠けもないんもんねぇ・・・おや、この左眼の左下あたりは・・・」
「あ、それは別件で正常眼圧緑内障なんだそうです」
「あ、そうか、よかったよかった・・っあ、ごめん、良くないよねぇ」

ってな感じ。
ま、脳神経外科としては、腫瘍や手術による影響だけ見ていればいいんですけどね、なんとかくこのやり取りが面白かったです。

MRIについては以降5年間、年に1度の割合で撮影して経過を観察するそうです。

あのMRの写真(ネガ?)って、いただけるって知ってました?
病院によってですが、1枚1500円から3000円で焼き増ししてくれるんです。
例によって「家族に説明するため」と称して今回も所望したのですが、
「ん、ちょっと待っててね」
と診察が終わってから外で待つように指示されました。
焼き増しには少々時間がかかるので、後で郵送とか、会計あたりで受け取りとかを想像していたのでちょっとビックリ。わくわくして待っていたのですが、いただいたのは紙でした。
フィルムじゃなくって、PCに出した画像のハードコピー(紙)一枚。

すごく忙しい方なので、「いや、これじゃなくて・・・」なんて突っ込みはできませんでしたよ。
ま、今回はこれでいいかぁ。
今月後半に今度は内分泌内科で負荷試験を行う予定なので、その時にでもこっそり頼んでみようと思います。

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下垂体腫瘍闘病生活記18【入院手術後4 11月24日】

4 月 25th, 2007

すっかり葉桜になって、交代するようにハナミズキやコデマリが満開を迎えています。
なのに、まだ雨の所為でちょっと肌寒いですね。晴れればお散歩日よりなんですが・・・
もう花冷えはいいかなぁ。

さて、ネタもないんで下垂体腫瘍闘病日記をば。

下垂体腫瘍闘病生活記 もくじ
 
下垂体腫瘍闘病生活記 カテゴリ全部
01.プロローグ 【発覚から地元病院簡易検査まで】
02.精密検査(前編) 【下垂体腫瘍概要・脳神経外科問診・内科・眼科・必要メモ】
03.精密検査(後編) 【MRI検査・血液検査結果・手術の説明・セカンドオピニオン】
04.新しい病院へ 【本命病院での脳神経外科・内分泌内科の問診】
05.内分泌内科入院1 【入院前日から初日まで】
06.内分泌内科入院2 【入院2日目負荷試験から退院まで】
07.脳神経外科入院1 【初日】
08.脳神経外科入院2 【2日目 採血と肺機能検査】
09.脳神経外科入院3 【3日目 CT撮影】
10.脳神経外科入院4 【4日目 MRIと引越しと手術前説明会】
11.脳神経外科入院5 【5日目 手術当日の流れと麻酔の説明】
12.脳神経外科入院6 【6日目 土曜日の病院生活】
13.脳神経外科入院7 【7日目 手術前日】
14.脳神経外科入院8 【8日目 手術当日・ICU】
15.脳神経外科入院9 【9日目 ICUから一般病棟へ】
16.脳神経外科入院10 【10日目 手術後2日目】
17.脳神経外科入院11 【11日目 車椅子で移動】
18.脳神経外科入院12 【12日目 耳鼻科で鼻洗浄】(このエントリ)

【11月24日(金)(入院10日目)手術後4日目】

この日も点滴。いっつも点滴。この日も便あり。車椅子でトイレまで移動。だんだん慣れてきた。
何もないときでも、病室を壁伝いに歩いたり、練習をしてみた。

頭痛はともかくとして、その他の体力的な回復は目に見えて順調だ。
「日にち薬」がこれほど明確にわかるとなんだかうれしい。

相変わらず、頭痛は激しいが、じっとしているときは我慢できるレベルになってきた。
所持していたロキソニンは取り上げられていたが、頼んで飲む回数も少なくなってきた。
痛いのは、座ったり立ったりしたときの血流の移動があったときがひどいくらいで、平常は我慢できるレベルまで落ち着いてきた。
でもこの痛みが半端ではなく、すわ、脳卒中か??と思えるくらい、数秒なにもできなくなるときもある。
主治医の先生の話によると、
「まあ、穴あけたし・・・しばらくは痛いと思いますよ」
とのこと。
でもこんなに続くものなのかなぁ?と思うが、よくなることを信じてがんばろうと思う。
たまに、頭の高さが上下すると、頭のなかで「キュンッ」と音がする。
素潜りなんかをして鼻抜きをしたときのような、圧がかかったようなときの音。
これが、鼻の奥で鳴っているのか、それとも頭の中でなっているのかは分からないが、頭痛を伴うので非常に怖い。
ますます恐る恐る動くようになる。

そして、耳鼻科に行って鼻の洗浄をやる。
まだ歩行での遠出は無理なので、車椅子で移動。
私のほかに、脳神経外科の病棟から2人、一緒に耳鼻科に向かった。
移動時間約10分ほど。
エレベーター→地下道→エレベーターと、結構距離がある。長旅だ。
私だけ車椅子だった。お二人とも私と同じ下垂体腫瘍摘出だったのだろうか?
ただし、会話がなかったので分からなかった。

耳鼻科に着いたらすぐに私が処置室に呼ばれが、すでにここまで車椅子を押してくれたスタッフさんが帰ってしまったため、自分で一生懸命車椅子を操作して処置室に入ろうとがんばっていた。
すると、外来で着ていたらしいスーツ姿の男性の方が親切にも処置室まで運んでくれた。
外からみて相当やばそうだったのか、その対応が物凄く迅速で丁寧だった。
いい人だぁ。親切がすごくうれしかった。

鼻の処置は簡単。
所要時間は1・2分程度であった。
逆ペンチのような器具を鼻腔に入れて、押し広げるように軽く鼻腔を広げ、シュッっと何かを吹きかける。
薬剤のついた細い綿棒をかなり奥まで突っ込み、数秒待つ。
引き抜いてからバキュームのようなもので垢を吸い取り、最後に仕上げでまたシュッと何かを吹き付ける。
要するに掃除だそうだ。
バキュームの時は「むぐぐぐ」と、わさびを食べたときの様にちょっと涙がでる。
ツンッとするが、終わったあとはすっきりする。

見た限り、術後の創部にかさぶたがあるが、それ以外は粘膜は綺麗なものだし、順調だそうだ。
私自身、切り傷擦り傷の治りが異様に遅い体質なので、これはうれしかった。
病室に帰ってから、恐る恐る鼻で息をしてみたところ、見事することができた。
スーハースーハーと強くはできないが、やさしくならできる。
口を閉じて息をすればそれだけ口腔内が乾燥しないわけで、これはうれしい。

そのあと、看護師さんに下のお掃除をしてもらった。
その際に、T字帯を新しくしてもらったが、パッドのようなものを装着していた。
それがちょっとペッタリくっついて気持ち悪い。

CTの結果は問題なしと主治医から説明があった。内部の髄液漏などは特になかったようだ。一安心。
後はどんどん食べて栄養摂取の為の点滴をやめよう!と活を入れられる。
抗生剤の点滴は今日まで、とのこと。
「管なんか抜いちゃって、早いこと内分泌内科に行っちゃってください!」
おーし、がんばろう!

(つづく)

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●下垂体腫瘍闘病生活記19【入院手術後5 11月25日】

下垂体腫瘍闘病生活 , ,

下垂体腫瘍闘病生活記17【入院手術後3 11月23日】

4 月 23rd, 2007

最近、入院の時によく飲んでいた銘柄の飲料を飲むと、入院時のつらいことを思い出してしまって困ったなぁ現象に悩まされています。
とくに、午後の紅茶、ポカリスエット、JAVATEA、ミネラルウーロン茶は味とともに強烈にその思い出が思い出されます ;(

下垂体腫瘍闘病生活記 もくじ
 
下垂体腫瘍闘病生活記 カテゴリ全部
01.プロローグ 【発覚から地元病院簡易検査まで】
02.精密検査(前編) 【下垂体腫瘍概要・脳神経外科問診・内科・眼科・必要メモ】
03.精密検査(後編) 【MRI検査・血液検査結果・手術の説明・セカンドオピニオン】
04.新しい病院へ 【本命病院での脳神経外科・内分泌内科の問診】
05.内分泌内科入院1 【入院前日から初日まで】
06.内分泌内科入院2 【入院2日目負荷試験から退院まで】
07.脳神経外科入院1 【初日】
08.脳神経外科入院2 【2日目 採血と肺機能検査】
09.脳神経外科入院3 【3日目 CT撮影】
10.脳神経外科入院4 【4日目 MRIと引越しと手術前説明会】
11.脳神経外科入院5 【5日目 手術当日の流れと麻酔の説明】
12.脳神経外科入院6 【6日目 土曜日の病院生活】
13.脳神経外科入院7 【7日目 手術前日】
14.脳神経外科入院8 【8日目 手術当日・ICU】
15.脳神経外科入院9 【9日目 ICUから一般病棟へ】
16.脳神経外科入院10 【10日目 手術後2日目】
17.脳神経外科入院11 【11日目 車椅子で移動】(このエントリ)

【11月23日(木)(入院11日目)手術後3日目】

何度か取り替えていた鼻のガーゼが取れた。
もうしなくていいようである。
また、午前中に右鼻の詰め物を取った。

主治医の先生がいらして無言で取ろうとしたので
「ちょっとまって!気持ちの整理をさせて!」
といいつつ、こぶしを握り締めて準備をした。
ネットで事前に読んだ感想では、かさぶたがバリバリはがれるような激痛とあったからだ。

詰め物は中が空洞になっていて、ちくわのような形態をしている。径は15mmくらい。
先生がピンセットでつまんで引っこ抜く。
ずるっと簡単にひっぱって取れた。
何かがひっかる様な抵抗も、痛みも全然なかった。
鼻水がびろーんと伸びたが、それは私がふき取った。
入っていた詰め物は、長さが10cm程度だった。すごく汚かった。

思ったよりぜんぜんあっけなかったので拍子抜け。
やたらと、スースーする。
嗅覚があるかないかはちょっと分からない。
なにもしていない左でにおいを感じることができるからだ。
ただ、鏡で見ると、左に比べて右の鼻の方が大きい。1.5倍くらいはある。
これは時間の経過ともに元に戻るらしい。

元気はつらつな看護師さんがやってきてl
「じゃあ、がんばって車椅子に乗ってみましょう」
とのこと。トレーニング開始だ。

ふらふらしながらおっかなびっくり立ってみた。
動きはものすごくスローである。
3日横になっていただけだが、かなり足腰が弱っている。
加えて、立ったことで血流の移動があり、頭痛がひどいことになった。脈打つようにして痛くなり、しばらく何もできなかった。さらに動きがスローにならざるを得ない。
また、首が弱っているのかうまく座らない。
術後は頭の圧が上がらないように、最低1ヶ月は下を向いてはいけないとのことであったし、尿管と点滴の管がじゃまして、立つのも座るのも慣れずに難しかった。

何しろ首が据わらないので、
「コルセットみないな、首に巻くのがるといいかもですね」
といってみたが、
この日の看護師さんはちょっときびしいというか、あまりこっちのペースにあわせてくれなくて、
「えー?そんなのいらないよー」
と軽く流されてしまった。いや、こっちも本気ではなかったんだけどなー。
もしかしたら私のスローな動きにやきもきしていたのかもしれない・・・
うーん、自分の根性の低さ加減にちょっと落ち込む。

車椅子に移動して、そのまま過ごしてみる。
2時間ほどしてベッドに自力で戻ってみる。
でも、管が邪魔なだけで、思ったより足腰はしっかり働いてくれた。
あとは、頭の位置が上下することで突発的に発生する重度の頭痛が今後よくなればよいと思う。

昼過ぎにやっとお通じの知らせがきた。
この日まで、尿管のおかげで尿は勝手に出て行ってくれたが、大はでてなかったのだ。
お腹がぐるぐる鳴っている。
看護師さんに伝えたところ、じゃあ、車椅子で行きましょう!とのことで、車椅子にのって車椅子専用のトイレまで移動する。
ただ、この車椅子があまりよくできていなくて、点滴の支え棒が差し込めない状態であったのでそのまま看護師さんが手でもっていた。が、いざトイレでしようにも、ずっと隣で持ってもらうわけにもいかず、急遽スタンドを持ってきてもらうことになった。
その間私は便器にすわり、点滴の袋は車椅子に乗せていたので、その高低差によって面白いほど血が逆流してした。

お通じはゆるゆるだった。下を向けないのでウォシュレットのスイッチ操作や、T字帯の巻きなおしとかが思ったより手間取った。
T字帯のどの隙間から尿管をどこから出していいやら分からず、閉口した。
(尿管からつながっている蓄尿用のパックは、車椅子の側面、または背面にぶら下げる形になる、しかし、尿が丸見えというのはどうしてもちょっとした恥ずかしさがある)

梅干おかゆだんだん食欲も出てきた。
夕飯では、
おかゆ・梅干・白菜・ピーマンの肉詰め、妻の作ったケーキ
をそれぞれ少しずつ食べることができた。

梅干とあるが、特に塩気のあるものがほしかったのではない。
尿の内容を調べた看護師さんに、尿の比重が軽い(Naが少ない)のでなるべく食塩を取るように、と言われたからだ。飲み物もなるべくお茶類でなはく、ポカリスエットなどおイオン系がよいとのことだった。点滴では身体に入らないでそのまま出てしまうようだ。血液からではなく、胃から吸収させたいらしい。
濃い目の味付けは好みではないのだが、頑張って食べた。
ポカリはちょっと飽きてきた・・・。

ネブライザー(加湿器)の調子がおかしく、モクモクがでない。
元気できびしい看護師さんが試行錯誤しているが、なかなか直らない。
電気屋を呼んでくれたが、
「私、電気系統は分かるんですが、この仕組みはちょっと、メーカーさんを呼ばないと・・・」
といわれてしまう。
まだまだ口でしか息ができないので、加湿器は必須アイテムだ。
こまったなーと思っていたが、厳しい看護師さんはそんなのお構いないようだ。
なおらないと踏んだのか、
「これぇ、いるぅ?」
とか聞いてくる。
「もちろんいりますよ!」
まあなんとも乗りの軽い看護師さんだった。でも、こういう方も必要だと思う。
車椅子移動ができるように、尻をたたいてくれたのだから。

その後兄がなんとか調整してモクモクが出るようにしてくれた。

(つづく)

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●下垂体腫瘍闘病生活記18【入院手術後4 11月24日】

下垂体腫瘍闘病生活 , ,

下垂体腫瘍闘病生活記16【入院手術後2 11月22日】

4 月 18th, 2007

手術2日目。何とかおかゆを食べられるようになりました。

下垂体腫瘍闘病生活記 もくじ
 
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01.プロローグ 【発覚から地元病院簡易検査まで】
02.精密検査(前編) 【下垂体腫瘍概要・脳神経外科問診・内科・眼科・必要メモ】
03.精密検査(後編) 【MRI検査・血液検査結果・手術の説明・セカンドオピニオン】
04.新しい病院へ 【本命病院での脳神経外科・内分泌内科の問診】
05.内分泌内科入院1 【入院前日から初日まで】
06.内分泌内科入院2 【入院2日目負荷試験から退院まで】
07.脳神経外科入院1 【初日】
08.脳神経外科入院2 【2日目 採血と肺機能検査】
09.脳神経外科入院3 【3日目 CT撮影】
10.脳神経外科入院4 【4日目 MRIと引越しと手術前説明会】
11.脳神経外科入院5 【5日目 手術当日の流れと麻酔の説明】
12.脳神経外科入院6 【6日目 土曜日の病院生活】
13.脳神経外科入院7 【7日目 手術前日】
14.脳神経外科入院8 【8日目 手術当日・ICU】
15.脳神経外科入院9 【9日目 ICUから一般病棟へ】
16.脳神経外科入院10 【10日目 手術後2日目】(このエントリ)

【11月22日(水)(入院10日目)手術後2日目】

今見える景色とりたててイベントなし。
ベッドのリクライニングをがんばって25度から60度程度にする。
かといって頭をぐりぐりうごかすことは出来ず、見える景色はそう変わらない。

頭痛が相変わらずでぐわんぐわんする。
咳をするとものすごくいたい。脳が揺れる気がする。これがかなわない。
氷枕は気持ちいのだが、ぶよぶよしていて頭が定位置に定まらないのが難点。
これで首が凝ってしまって偏頭痛も並走しているような気もする。切り分けがうまくできない。
頭の熱を逃がすと何とか意識がクリアになる。
アイスノンはすぐに温かくなってしまうので、頻繁に変えてもらった。

それでも頭痛は激しく、何度か座薬を入れてもらうが、なかなかおさまらない。
座薬はボルタレンなのだろうか?私はボルタレンよりもロキソニンの方が沈静、という意味ではよく効くのだけれど・・。やっぱり座薬は恥ずかしいし、極力入れたくはないのだが、頭痛がひどいのでどうしようもない。
入れるときは、顔は天井を向いたまま、下半身だけねじるようにする。挿入するタイミングでは息を吐くようにするらしいが、看護師さんによっては無言でなんのためらいもせず押し込む方もいる。うまく入らなくて油断したところにぐいっとねじ込まれることもある。ひとり、ものすごく上手にいれられる方がいて、感心したが、やっぱり座薬は嫌いだ。

妻作:タルトご飯を食べる元気がないので一口二口程度。
咀嚼する気力もないし、固形物がどうにも飲み込めないので、ウイダーインゼリーを併用する。
喉も潤うし、吸わなくても手で絞ればゼリーが出てくるので大変助かる。
あとは点滴。電解質用と、水分補給用。
他に抗生剤などの点滴もする。
妻が自作のタルトケーキを持ってきてくれたが、まだ食べることができない。冷蔵庫にしまってもらった。

まだまだ尿の量が多いようだ。

家族と義母が来たが、そう頻繁に会話ができない。
それでも、昨日と比べたら雲泥の差でよくなってきている。

苦しいことは苦しいが、
「これがずっと続くわけじゃないから、絶対よくなるから」
の妻の言葉が励みになった。
家族に言わせれば、私はまだこの時点では目の焦点があっていないようで、意識がはっきりしているかも分からなかったそうだ。精一杯だったんだけどなぁ。

半端でないおかゆの量夕飯は少し食べることができた。
といっても10分の1程度。ネブライザー(ネグライダー?)の調子がよくないし、ずっと口呼吸のせいで、舌の、それも舌根の辺りがバリバリしたような乾燥状態になっている。
なので飲み物以外を口に入れるとざらっとして痛い。喉も同じように炎症を起こしているようだ。
しかし、用意されたおかゆの量が半端ではない。健常者でもこんなに食べることはできないと思う。もったいないので小盛に変更してもらう。

(つづく)

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●下垂体腫瘍闘病生活記17【入院手術後3 11月23日】

下垂体腫瘍闘病生活 , ,

下垂体腫瘍闘病生活記15【入院手術後1 11月21日】

4 月 13th, 2007

相変わらず、苦しそうな文面です・・・^^;;
この日のメインはやっぱり尿管、だろうか?

下垂体腫瘍闘病生活記 もくじ
 
下垂体腫瘍闘病生活記 カテゴリ全部
01.プロローグ 【発覚から地元病院簡易検査まで】
02.精密検査(前編) 【下垂体腫瘍概要・脳神経外科問診・内科・眼科・必要メモ】
03.精密検査(後編) 【MRI検査・血液検査結果・手術の説明・セカンドオピニオン】
04.新しい病院へ 【本命病院での脳神経外科・内分泌内科の問診】
05.内分泌内科入院1 【入院前日から初日まで】
06.内分泌内科入院2 【入院2日目負荷試験から退院まで】
07.脳神経外科入院1 【初日】
08.脳神経外科入院2 【2日目 採血と肺機能検査】
09.脳神経外科入院3 【3日目 CT撮影】
10.脳神経外科入院4 【4日目 MRIと引越しと手術前説明会】
11.脳神経外科入院5 【5日目 手術当日の流れと麻酔の説明】
12.脳神経外科入院6 【6日目 土曜日の病院生活】
13.脳神経外科入院7 【7日目 手術前日】
14.脳神経外科入院8 【8日目 手術当日・ICU】
15.脳神経外科入院9 【9日目 ICUから一般病棟へ】(このエントリ)

【11月21日(火)(入院9日目)手術後1日目】

点滴昨日から続きの深夜。

前日からの容態は相変わらず。
浅い眠りと眠れない苦しさを繰り返す。
今が何時なのかもわからない。ICUは電気を切らないようだった。

夜中に2度ほど、乾いた口の中を看護師さんが気持ちよくしてくれた。
チュッパチャプスのように棒のついた丸くて青い固めのスポンジ水を含ませて、口の中を丹念に掃除&水分補給してくれたのだ。これが非常に気持ちよかった。
舌の上、歯茎、口の裏・・・・これほどまでに気持ちいいのか。というくらいで、これによって意識が少し回復したといっても過言ではなかった。

また、ネブライザーの管を看護師さんが機転を利かせて、酸素マスクに固定してくれた。
酸素マスクに十字に切れ目をいれて、そこに突っ込んでくれたのだ。
モクモクが調子のよいとき、非常に気持ちがよかった。

尿管がどうしても痛いのでちょっと体勢を変えたかった。
看護師さんに聞いてみたところ、うつぶせ以外だったらある程度自由な体勢をとってもいいとのことだった。
頭痛がひどいし、尿管の管がどのように出ているのかが想像つかなかったので、大きく体勢を変えることはできなかったのだが、少しは身体を動かすことができるくらい余裕は出てきた。
つまり、自分である程度はもぞもぞ動くことができるようになっていた。
(といっても寝返りには程遠いほどの動きだが)

約半日たってやっとこの程度の進展。
自分は痛みや苦しみに対してこんなにも辛抱ができない根性なしなのか?
とちょっと自己嫌悪に陥ってしまった。
しかしまずは気を強く持って回復に向かうべきだと思った。

朝が来た様なが気がした。周りがちょっと忙しなく動いているような気がする。
ICUでもご飯を自力で食べられる人がいるようだ。「頑張って食べましょう!」なんていうやり取りがカーテンの向こうで聞こえる。
私は点滴。食欲ってなんだっけ?というくらい何もほしくなかった。

尿管がどうしても痛い。
そのことを看護師さん伝えると、
「うーん、痛いはずはないと思うのですが・・・膀胱炎とかじゃないですよねぇ」
といいながら刺さっているところを確認しつつ、消毒などをしてくれた。
尿管を刺していると、自分の意識とは別に、尿意もまったくなく尿がでて、下の袋にためられていくようだ。
膀胱に尿がいったらストレートに外に出るという仕組みだ。
「あまりにも痛かったら、抜きますか?」と聞かれる。
今後尿量を正確に測るということを条件に、主治医の許可も出ているようだ。
本当に痛いし、刺さっていることで行動に制限ができてしまうので、一念発起して抜いてもらうことにした。
尿意があれば尿瓶ですればいいので呼んでほしいとのことだった。
(まだ状態を起こすことができないし、点滴で腕が下に行かないので、やってもらうしかない)

しかし、抜くのは激痛だった。
尿管は、意識のあるときに出し入れするもんじゃない。別名ホーリーとも呼ばれているくらいだそうだ。
抜く瞬間、おしっこを出すように踏ん張らないといけないらしい。「はい、出してください」みたいな事を言われた。最後、管の先が丸いような感覚があった。これが異様に大きく感じた。
いや、本当に痛かった。

ものすごく痛かったが、自由になったという喜びがあった。
すぐにそれまでなかった尿意が湧き出たのが面白かった。
が、あまり切羽詰った尿意ではかなったのでほうっておいた。
これが後になって更なる地獄を見る羽目になるとは、ぜんぜん思わなかった・・・・

何時だかわからないが、午前中にCTを撮りにいった。
そのまま、ICUではなく、病室へ帰る。
ICU用のベッドから、病室のベッドへ移動完了。
このときも自力ではなく、寝ている状態で移行作業をしてもらった。
容態がすこーしだけ楽になって、「ああ、帰ってきた」と実感できた。

病室に妻と家族が来ていた。
まだ午前中のようだ。

しばらくして看護師さんが何人かやってきて、私の身体を綺麗にしてくれた。
私はベッドに仰向けになったままだが、うまいことからだの下に防水シートを敷いて、温かいお湯で身体を洗ってくれた。まあ要するに全裸にされているわけだが、そんなことは気にすることないくらい、気持ちよかった。思いやりのある声をかけてくれながら、やさしく洗ってくれる。
思わず、「気持ちいいですぅ」とか声が出てしまう。

こちらでも、頻繁に血圧などの検査を行い、その度に「喉や鼻の奥、水が流れているような感覚ないですか?」ち聞かれる。

頭痛はひどいし、まだまだ上体を動かすことはできないが、手術直後に比べればかなり回復してきた。
上体は自分で動かしてはいけない。
この後、20度ほどベッドのリクライニングを傾ける。
次の日は30度、しばらくして45度、次の日に60度、90度にしてやっとという工程を経ていくらしい。
頭の高さを急激に上げると、やはり圧力の関係で患部や創部に負担になるとのこと。
腹筋を使って状態を起こすのはもってのほか、とのことであった。

午後になって食事が運ばれてきたが、お粥をほんの4・5粒口に運んでダウン。
妻が買ってきてくれたウイダーインゼリーが冷たくておいしい。これは重宝する。
飲み物はストロー付きのペットボトルで少しずつ飲める。口が渇いているので気持ちい。
喉がからからなので一生懸命飲む。

程なくして尿意を覚える。
尿瓶を運んできてもらい、しようとする。
小学生の時に、首を捻挫し、そのときに尿瓶を使ったことがあるので、気持ち的には何の抵抗もなかった。
しかし、出そうにも出ない。
どんなにがんばってもでない。
家族に病室から出てもらってもでない。
もうすこし、のところまで行くのにぜんぜんでない。
なぜ?

そのときは、ま、もっと尿意が強くなってからでもいいか、と気楽に構えていたのだが・・・
すぐに我慢できないくらいの尿意に襲われる。
しかし尿瓶に放尿できず。なぜ?
おしっこの仕方をまるで忘れてしまったかのように出ない。羞恥心とかそういうのは全然別のようにでない。

看護師さんがお腹を押して張り具合を見る。
「うわー、ぱんぱん」
私も押されるともらしそうになるがでない。変わりに痛い。
やっぱりたまりにたまっているらしい。

ここで、家族から、「また尿管いれるか?」との冗談がでる。
冗談ではない!そんなもの金輪際入れるか!ということでがんばったものの、ぜんぜんでない。

じゃあ、あと30分まって出せなかったら、尿管じゃないにしても先生に相談しようか、という話にまとまったのもつかの間、ものすごく膀胱が痛くなってきた。
すっごく苦しい。
そして、ICUの発作の時のように末端からしびれてきた。
身体が限界を察したようだ。
息も苦しくなってきた。
やばい。
おしっこが出せないだけで何でこんなに苦しまなければいけないのか?
ナースコールで先生を呼んでもらう。
現状を速やかに把握し、尿管の再挿入を決定。
しかし、尿管の挿入というのは医療行為のようで、看護師さん単独ではできないそうだ・・・。
主治医チームの先生をつれてくるとのことで、その間3分から5分ほど、ほんとに苦しくてふーふー言っていた。
やっと先生が登場。
チラッと管が見える。ふとーーーーーい!あれ入れんの?!うそー!!!
無表情で私のをつかんで挿入開始。
ベッドの両脇の柵と妻の手を握り締めて、叫んだ。無我夢中だった。
妻は私の激痛による叫びを初めて聞いたそうだ。
多分、私も痛みで初めて叫んだ。

でも、刺したあと、すぐに尿が管を伝って出て行ったのだろう、パンパンに張っていたお腹は断然楽になった。
尿管はその役割を完全に遂行しているのである。
出た尿はそのままベッド脇の袋に貯蔵される。ある程度たまったら看護師さんが別の容器に入れて持っていく。今回の尿管は、違和感すらなく、足や下半身を動かさなければまったく痛みはなかった。サイズが違うのか、挿入がうまかったのか。

はあ・・・尿管、刺したらまた抜かなきゃいけないんでしょうに・・・・。
尿をだせないという苦しみからは解放されたものの、管がまた増えて、そして抜くときの恐怖ものこっているこの状態。ちょっと悲しい。

デスモプレシンを入れる管尿量が多いらしい(自分では見れないので)。
尿崩症の症状があるようだ。(尿崩症についてはまた後日解説)
鼻から薬(デスモプレシン(DDAVP))を投与。
詰め物をしていない方の左鼻の中を径10mm以上の綿棒でぬぐう(掃除をする)。
その後、やわらかいストローの先に薬を含ませたものを挿入し、反対方向を口に含んで自力でふーと吹く。
管を抜いて、薬を入れた部分を鼻の上から圧迫して浸透させる。粘膜から吸収させるわけだ。

この後、尿量がある程度出過ぎたらそのたびに薬を投与し、経過を見ることになる。

(つづく)

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●下垂体腫瘍闘病生活記16【脳神経外科入院10 11月22日】

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