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お年玉用ポチ袋を作る

12 月 30th, 2007

ぽち袋自作
お年玉用のポチ袋、数年前に買いだめしておいたセンスのいいヤツがなくなってしまったので、買っておかなきゃナーって思っていました。
スーパーとかコンビニにおいてあるようなポチ袋って、なんかキャラクタものやら、オリジナリティないやら、他の人とかぶる可能性が高いやら、安直に使いたくないんですよね。
やっぱり新年のものですし、金額が少なくても子供に印象に残るようなものにしたいじゃないですか。

東急ハンズやLOFT、無印やデパートにある画材・文具店あたり行けば、デザイナーズポチ袋みたいなのがあって、結構センスがよくて選んでいるだけで楽しいのですが、あいにく仕事の関係上、時間的に行けないんですよね。

どうしよう、って思っていたところで、下記サイトを見つけました。

お金の洋服屋
http://chobitt.com/okane/index.html

デザイン付きポチ袋の展開図をPDF形式で無料配布しているんですね。
こちらのサイトさんは、

日本最大級?ブックカバー無料ダウンロード「本の洋服屋」
http://chobitt.com/book/

がメインページでして、他にもブックカバー、箸袋、ランチョンマット等のPDFファイルを配布しているのです。
紙とインクさえ豊富にあれば楽しく模様替えできるんですね。

こりゃいいや、と思い、いろいろ眺めていたのですが、むらむらと自分サイズ、自分デザインで作りたくなってきた!
ので、作ってみました。

ま、正直なところ、全面ベタ塗りのデザインが多くてですね、これを印刷をするほどプリンタのインクに余裕があるかというと、この時期年賀状の作成もあったりで、不安だったってのがあるのですが X(

ということで、ぽち袋の展開図を参考に自分なりにリサイズして、枠とデザインと名前をレイヤーに分けたイラストレーター素材が以下になります。
よろしかったらどうぞ^^

ぽち袋自作イメージ(aiファイル for Illustrator CS2)(1,257KB)
ぽち袋自作イメージ(aiファイル for Illustrator OldVer3-))(607KB)

サイズは、お札を4つ折にしてちょうど収まる程度のスリムサイズにしています。
私の中でお札の折り方は基本的に3つ折なのですが、デザイン上、スリムなほうがかっこいいかな?と。
なんか、「最小サイズ」が好きなんですよね。

印刷する用紙なのですが、単純にA4コピー用紙でもまあ、わるいことはないのですが、厚みがないのでなんとなく安っぽくなってしまいます。
これこそ前面ベタ塗りの印刷をしないと格好がつかない、どうしよう?と。

おそらく、家電屋さんに行ってプリンタ専用用紙専門コーナーに行けば和紙風やらいろいろな素材が手に入るのでしょうが、そんなにコストはかけたくない。

てんで、目に付いたのがスケッチブック。
適度に厚みがあり、画用紙ほど硬くないのでプリンタにやさしい。
どうしても、スパイラルスプリングから切り離す関係上、A4サイズぎりぎりにデザインを配置することはできないのですが、その辺はまあ割り切って^^;;

作り方。

■材料
・スケッチブック(marumanのDesign Series A4 24枚つづりのものが具合よかったです)
・カッター
・定規
・糊(スティックのりが簡単)
・筋押し(ボールペンの使い古し、カッターの峰側で代用できます)

■作り方
ぽち袋作り方1まず、スケッチブックのページを切り離します。カッターでスパッと。
ぽち袋作り方2で、印刷したら、ぽち袋の枠線で切り取ります。

ぽち袋作り方2.5はさみより、カッターと定規を使ったほうが断然きれいに仕上がります。
枠線は薄いグレーなので、あまり神経質にならなくてもフチがめだったりしないと思います。

ぽち袋作り方3裏返して、写真の赤線の部分=折り目に筋押しで線を引きます。折り目をつけるってことですね。これをするとしないとでは仕上がりがぜんぜん違います。筋押しなんて道具は普通家庭にないでしょうから、ボールペンの使い古しでインクが出なくなったもの、それがなかったらカッターの峰の部分、要は刃でない方でやさしく筋をつけてやるといいです。

ぽち袋自作4折り込んで糊付けします。
このとき、長辺の長い方を内側に折り、右側の短い方を上にのせるようにすると切れ目がちょうど真ん中にきます。最後に短辺(底部分)を折って糊付けしておしまい。
ぽち袋自作完成完成。もっと時間とインクたくさんあればいろんなデザインができたのですが、それはまた来年以降ということで。

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印度人につかまる

12 月 18th, 2007

昨日の会社の帰り、なぜか数歩前を行くインド人2人組がそわそわしていたので、なんか怖えぇなぁと思い、歩調を速めて通り過ぎようとしたところ、急に振り返ってまっすぐこっちに歩いてきて、なんか話し掛けてきた。ヘッドホンをしているので聞こえなかった。
表情から友好的なのか、攻撃的なのかが計れない。

え、なに?イチャモン?やるかコノー!と
と内心ビビリながらも、できるだけゆっくりヘッドホンをはずして、落ち着き払った仕草でもって聞き返したら、

「Can you speak English ?」

だった。

「う、a little だけど・・・」

って答えたのがまずかったのか、横断歩道渡りきるのにあと2歩くらいの中途半端ところで立ち止まって10分くらいいろいろ聞かれた。

この2人組、同じビルの同じエレベーターから出てきた人。
多分、同じ会社の協力会社なんだろうし、エンジニアなんだろうけども、
ビルを出てすぐあたりで急に何を?!って感じで、正直ちょいビビった。

だって話し掛けられてるときに顔近いし。顔怖いし。
話してない方の背の高い人はじりじり視界の外に行くし。
後ろに回って何をする気だっ!
正直、これ襲われてんのか?って思わざるを得ないような状況だった。

寒いのにコートも着てない。あやしげ。
印度出身だったら寒くないのかな?
いつぞやの「逆ウォームビズ印度人ヴィンディ君」(※)を思い出したけど、ぜんぜん違う人だった。

で、話を聞いてみると、

「お前のもっているモバイルはなんだ?」

だって。
たどたどしい英語で答えてみる。いざというとき、全然単語が出てこない。
文法はできなくていいけど、単語くらいすらすら出てくるようじゃなきゃなぁと思う。
こう考えると「ルー語」って結構使えるかも。

⇒あ、これ?モバイルってかメインはミュージックプレイヤー。あとPIM。えっとスケジュールとか、アドレスブックとか。ハックするとメールとかブラウザとか使えるよ。

ああ、エレベーター内でiPod Touchいじっているのを見てたのかと。
で、こっちの日本語は単語レベルでも全然通じない・・・。
でもって早口すぎるよ!
しかも本当に顔近いぞ!

「インターネットはできるの?」
⇒だからブラウザあるから。あ、接続方法?有線かって?無線LAN。電話はできないよ。

うーとかあーとかどうしても日本語混じっちゃう。
その間ずっとまっすぐ見つめられているもんだから余計焦る。

「いくらするんだ?」
⇒えーっと、、、いくらだっけ、大体400ドルくらい?あ、日本円?49サウザントィエンね。

なんか日本にいるのに相手が外国人だと米ドルで答えちゃおうとする自分が悲しい。
というか、こういう風にモバイルに興味があるように見せかけて拉致なのか?ってまだこの時点ではちょっと怖かった。

「どこで売っているんだ?」
⇒僕はネットショッピングで買いましたよ。

ネットショップって和製英語?インターネットショップ、とかアマゾン!とか言い直したけど、なんじゃそりゃ、って顔された。

「実店舗ないの?秋葉原に」
⇒秋葉原は知らないなぁ。AppleStoreって知ってる?これApple製品。

「知らない、どこにあるの?」
⇒アップルコンピュータしらないの(今はコンピュータはつかない)? 僕も実店舗は知らないけど、あ、渋谷か銀座にあるよ。

「それは秋葉原から近い?」
⇒だから銀座だって。んー、まあ近い、かも。メイビー。(めんどくさくなってきた)

「駅から歩いてどのくらい?」
⇒知らないんだどなー、実店舗で買ったと思われてんのかな?通じなかった?あーえーっと知らないけど5分くらいじゃない?

「こっからどうやって行けばいい?」
⇒っていまから行くんかい。あーっと、地下鉄乗り換え伝えんの面倒だな。。。
銀座じゃなくて有楽町ね。有楽町。東京モノレールで、終点の浜松町からJR Yamanote Lineに乗り換えてね。(銀座は日比谷線だけど、京急からの直通伝えるのめんどくさいので有楽町に変更!)

「大崎に住んでるんだけど、同じ路線?」
⇒だから山の手線だっていってんじゃん。同じじゃねーの?

「秋葉原方面?」
⇒なんで秋葉原にそんなにこだわるのかね?どっちか知らんよ。じゃあ秋葉原方面。乗ってりゃ着くし。

「何駅くらい?」
⇒んー、知らないけど5駅くらいじゃねーの?(まったくこたえる気なし)

他にも、いつ発売?とか、日本でしか売ってない?とか、いろいろ。

っていっている間に相棒さんは近くの公衆電話のタウンページを開いてました。
本当に買いに行くつもりらしい。
49サウザントィエンって行った時に、
「まじで?そんなに安いの?」
っていうリアクションだったけど・・・なんか間違って通じてしまったのだろうか。

まあでも、なんとなく面白かった。
行動力あるなー。

改めて英語力の貧弱さに打ちのめされました。
でも、英語ができると世界が広がることも実感。
ちょっとまじめにDSで勉強しようかな。DSかい。

※「逆ウォームビズ印度人ヴィンディ君」
インド人にビックリ

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たらこと明太子は同じ

12 月 14th, 2007

検索魔
最近何かと検索魔でして、片っ端から疑問に思ったことを検索するような習慣が身につきました。
たまに、「あれ?」って思って、「後で調べてみよ」って保留にしておいたのに、いざブラウザを開く段になって「そういえば何を調べるんだったっけ?」ていうボケが多くなりまして・・・。
何が何でも疑問に思ったことは覚えておくようにしているんですね。
大抵はWikipediaで片付くのでiPod Touchに入れた辞書で事足りるのですが、やっぱり多角的な情報を集めた方が楽しいということで。

で、今回はこのテーマ。

たらこと明太子の違いを明らかにせよ
なにをいまさら、という感じですが、たらこと明太子の名称が指す内容って、人によって違う気がしてたんですよね。

小さい時、パスタ屋さんでタラコスパゲッチを頼んで、てっきり辛子明太子のピンクの奴が出てくると思ったら、白い奴でボソボソでショックを受けた、ということがあります。
「そりゃタラコだからだよ」って笑われましたっけ。
トラウマになっているわけではないのですが、以降、どうしてもピンクのピリカラ辛子明太子スパゲッティを食べたくなった時には、必ず写真や見本で確認することにしていました。
大体「たらこ」は白くて、「辛子明太子」はピンクなんですけど、「明太子」だとどっちに転ぶか分からないってケースが多かったです。で、往々にして「辛子」っていう冠はついていることが少ない。
まあでも、外食でパスタを選択して、その中からピンクのやつを頼むっていう機会がそうあるわけじゃないので、特に自分の中で定義を確認する、なんていう作業はしなかった訳です。どーせ人によって違ってたし。

たらこと明太子、その違いは!?
複数サイトを参照したのですが、質問系サイトへの回答はいいかげんだったりしたのでちょっとまとめて見ました。
たらこ・明太子の名称の意味は地方によって異なるようです。

たらこ=塩漬け(白い)
明太子=辛くて(主に赤い)

という区別は主に関東以北での認識であり、生産が盛んな九州地方(主に福岡)を中心とする西日本地域では、
「たらこ」と「明太子」は同じスケトウダラ(※)の卵巣を指す同意語として用いられています。

※スケトウダラ
北海道近海や朝鮮半島東岸、ベーリング海、アラスカ湾、ロシア海域など北海に生息するタラ科の魚。
もともとはスケトウと呼ばれ、タラが付いたのは明治時代末で、これは塩の奨励金がタラ産業にしか支給されなかったことから(タラは水分が多く足が早いが、塩をまぶして水分を身肉の水分を減らし、タンパク質が凝固させることで保存期間を延長できる。スケトウダラは基本的に性質が同じであるため、このような名称に変える事で塩を入手しやすくした)。

つまり、正しくは

たらこ=明太子=スケトウダラの卵巣の意

です。

辛くて赤いの(塩漬けをさらに昆布等の出し汁と酒、みりん、唐辛子等で調合した調味液に漬け込んだもの)は、「辛子明太子」と呼んで明確に区別しています。(最近では無着色の辛子明太子も存在し、また逆に着色料をつけた塩漬けのたらこもあるため、一概に色だけでは判断できませんので、「辛子たれ等に漬け込み辛味を付加する」という調理法で区別をします。)

「明太子」=「辛い」わけではないんですね。

では、なぜスケトウダラの卵巣に2通りの名前が存在するかというと、

たらこ⇒スケトウ「タラ」の子の意(日本圏の呼び名)
明太子⇒朝鮮半島でスケトウダラのことを明太(ミョンテ)と呼び、その子の意(朝鮮圏の呼び名)

と、国によるスケトウタラの呼び方の違いから来ています。
朝鮮半島では古くから明太(ミョンテ)の卵巣の「塩漬け」を食していましたが、それが北九州・山口地方へ伝わり、輸入品であった明太(ミョンテ)自体も、その卵巣の塩漬け(たらこ)も、この地方では江戸時代から「明太(めんたい)」と呼んでいたそうです。

流通の発達に伴って辛子明太子はお土産として全国に広がりましたが、元々「たらこ」を示す言葉としての「明太子」が使われない地域では「辛子明太子」の略称としての「明太子」の方が多く使用されるようになり、「明太子」といえば「辛子明太子」のことを指す、という風に意味合いが変わっていった、と推測されています。

ただ、最近では逆輸入現象と呼ぶべきか、関東圏の認識(明太=辛い)を取り入れたネーミング商品もなくはないようです。例えば、「数の子明太」や「いか明太」という、他の食材に辛子明太子をまぶしたような商品は、ネーミングから「辛子」を省略している場合があります。

ちなみに、なぜ朝鮮半島でスケトウダラのことを明太(ミョンテ)と呼ぶかというと、下記のような説があります。

17世紀半ばの季朝時代に東海岸の一地域である明川(ミョチョン)を巡視していた中央官吏がスケトウダラの料理を食べたところ、あまりのおいしさに驚き、「この魚は何か?」と尋ねると太(テ)という姓の漁師が捕った魚という以外は、誰も名前を知らなかった。そこで管理は「明川(ミョチョン)の太(テ)が捕った魚」だから「明太(ミョンテ)」と名付ける事にした。

もっとちなみに、当初スケトウダラは、身は捨てるか肥飼料であって、主に卵巣と白子のみの利用だったのですが、鮮度が落ちてくるとくすんだ桃色に変わってしまうので、これを食用色素で紅色に着色するようになりまして、「紅葉子」や「旭子」の商品名で出荷されるようになったそうです(主に北海道)。

ちなみにちなみに、
「たらこ」をマダラの卵巣の意味で使用する場合もあるようですが、正確にはマダラの卵巣は「真子(まこ)」と呼ぶようです。
ただし、マダラとスケトウダラは同じ科に属する大変近い種類の魚で、生息域も習性もほとんど同じため、マダラの真子も「たらこ」と呼んでも、大きな間違いではないようです。が、厳密に言えば卵巣の卵の大きさや味も微妙に違うため、「総称」としての「たらこ」の意味、と捉えた方がよいようです。
が、
現在、世界各地のスケトウダラ資源は減少傾向にあるため、最近は南半球で獲れるミナミダラや、深海で獲れるソコダラ類の卵巣が、代用品として利用される様になってきたそうです。

さらにちなみに、同じような疑問をもっている方はたくさんいるらしく、Googleの検索テキストボックスに
「たらこ 明太子」と入力すると、Googleサジェストで次のワードとして「違い」が候補で挙がってきます。

おしまい。

参考リンク:
Google検索[たらこ 明太子 違い]

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卵の味噌漬を作ってみた

12 月 12th, 2007

卵の味噌漬:完成

以前から一度は作ってみたかったもの。
それが卵の味噌漬です。
卵の黄身を直接味噌に放り込んで2日ほど寝かせます。

濃厚でねっとりとした触感の卵黄の味噌漬は、それだけでご飯二膳はいける!だそうで。
カラスミにそっくりになる!
なんていう人もいます。

でも、たったそれだけのために大量に味噌を消費したり、冷蔵庫を占有したり、玉子の白身は別の機会に使わなきゃだったりなので、私の中では、お手軽といえども、「贅沢品」の部類に入る一品料理でして、なかなか手が出せずにいたわけです。

ただ、卵を買う度に、卵の味噌漬って、本当においしいのだろうか?
という疑問がいつもあって、いつかは作ってみたい一品のリストには常にトップに座していたのでありました。
前回の、
アボカドの塩辛を作ってみた
のアボカドを買うときに、漬物つながりで思い出し、こっそり卵と味噌とみりんを買ってしまったのでした。
で、同じ日に仕込みをして、食べごろになりましたのでレポートをば。

■材料
・卵(卵黄のみ)
・味噌(好みのもの、ブレンドしたら面白いかも)
・みりん
・タッパーとガーゼ
■作り方
1.適当なタッパーに味噌とみりんを1:1くらいの割合で入れ、よく混ぜる。深さは1.5cm位。
みりんを入れるのは味のためもあるが、味噌をやわらかくすることで卵の黄身をやさしく包み込めるようにするため。
2.味噌の表面を平らにならしたら、表面積の1.5倍くらいのガーゼを敷き、スプーンなどので卵の黄身が納まるくらいの窪みを作る。
3.卵の黄身を窪みに乗せる。
4.2と同じ大きさのガーゼで上から覆う。
5.上から、別に作っておいた味噌&みりんのブレンド味噌を載せ、敷き詰める。
6.タッパーの蓋をして冷蔵庫に保存して、2日から3日したら食べごろ。

卵の味噌漬:仕込み中

ガーゼを敷くのは、後で取り出しやすくするためと、見た目のよさのためがあります。
味噌が直接卵黄にくっつきませんので、味噌をこそげ取る手間が省けます。
面倒ならなくてもよいですが、写真の様に複数個作ったりすると、卵を埋めた場所がわからず、卵黄を潰してしまう恐れがあります。
あ、ガーゼは1回使うと目詰まりしますので、再利用はしない方がいいです。
また、味噌も卵黄から出た水分を吸っているので、別の料理に再利用した方がいいかもです。
私は味噌を追加して再利用しようかな、と考えています。

卵の味噌漬:出来上がり

2日漬け込んだ状態になります。
いい色。いくらの醤油漬けみたいない色をしていますね。光っています。

卵の味噌漬:完成のアップ

感想。
んー。普通に味噌と濃厚な黄身のコラボ?って感じ。
卵好きにはたまらない、という味ですが、使用した味噌の個性が強すぎたのか、やはり味噌のしょっぱさが際立ってしまいました。ちょっと魚臭さを加えてやればイクラの味になるともいえなくもないです。
アツアツご飯にこれ1個で充分いけますが・・・・。
あと、歯に付きますね。うん。
お箸で少しずつ切って食べるのが良いかと。
私は1個で胸焼けしてしまいました。
毎日はいらないですね、たまーに、無性に濃い味の物が食べたくなった時に、いいかも知れません。

下記リンク先@nifty:デイリーポータルZさん:黄身の××漬けに挑むでは、以下の7種類で卵黄をつけてみて、その味較べをやっておられます。

・味噌
・中濃ソース
・焼き肉のタレ
・イカの塩辛
・味の素
・マヨネーズ
・ヨーグルト

イカの塩辛がめちゃめちゃおいしいんだとか!
うわー、やってみたい!
義母がイカの塩辛を作っていまして・・・これが市販品のより断然美味い!ので使うわけにはいかないのですが。このタイミングで市販のを買って来たら角が立ちますよねぇ^^;

リンク:
@nifty:デイリーポータルZ:黄身の××漬けに挑む
http://portal.nifty.com/koneta06/03/27/01/

あ、あまった白身は、ハンバーグを焼いたフライパンで焼きまして、黄身なし卵ハンバーグとなりました。
黄身なし卵ハンバーグ

料理・食べ物

アボカドの塩辛を作ってみた

12 月 11th, 2007

こんな記事を見つけたので、作ってみました。

超簡単!大トロなみの旨さ「アボガドの塩辛」
http://www.yukan-fuji.com/archives/2007/11/post_11399.html
記事抜粋:
 アボカドの種と皮をとりのぞき、ザクザクと切ってボウルに入れる。アボカド1ケに対し茶匙1杯の塩をまぶしたら、それを小さな瓶に詰める。アボカド1ケでいっぱいになるくらいの小ぶりな瓶がよろしい。最後に瓶の口いっぱいまでオリーブオイルをそそいで蓋をする。
 丸1日たったらもう食べられますぞ。スプーンでとり出し、わさびをちょいとつけて食べるのぢゃ。
 ごはんにのっけて焼海苔でくるっと巻いてパクッといこう。すし屋で言うとこのカリフォルニア何とかまっ青ですな。

いやー、大トロってのは言い過ぎでしょう?
でも確かに、アボカドって、生でスライスしてわさび醤油と海苔でいただくと美味しいよな。と。
これをオリーブオイルにつけて風味豊かにすると・・・結構美味しそう!
でも考えてみるとアボカドは森のバターと呼ばれるほど油分を含んでいるんだなぁ、これをさらにオリーブでって・・・こってり過ぎないか?
でも気になる!
確か家にはジャムの空き瓶があったはず。なくても100円均一でちょうどいいのがあるはずだし。
ということで作ってみることにしました。

駅前のスーパーが深夜1時までの営業になったので、材料の調達が楽ちん。
アボカドは食べごろまで熟しているものがなかったので、一番よさそうなのを買って、1日待ってから作成。
上記レシピには、「アボカド1個に対して、茶さじ1杯の塩」とありますが、これが結構な量。賽の目にきったアボカド1個分全部にまんべんなく塩がまぶされた感じになります。とてもじゃないけどこのままでは食べられなそう。これをオリーブオイルに1日漬けるとどうなるのか。わくわくです。

アボカドの塩辛:漬けた直後

これで冷蔵庫に入れて1日以上待つ。
はい。次の日の夕飯時。

アボカドの塩辛:盛り付け例

感想。
塩辛い!辛すぎる!
やっぱり、塩が多すぎたようです。
もう、オリーブオイルの風味がどこへやら。高いエキストラバージンなのにぃ。
この塩辛さ、たった一カケでご飯一膳いけます。が、ぜんぜん美味しくない!これ失敗でした。
今度は塩の量を一つまみ程度にして再度挑戦してみようと思います。
うー、大量に残ったものはどうしよう、食べたら高血圧になりそうな勢いですが・・・酢でもかければまろやかになるのだろうか?
それとも、そのままチャーハンの具にでもするかなぁ。

※そういえばアボカドって、皮をむくときは、包丁で中心の種に当たるまで差し込んで、ぐるりとその周りを一周切りつけてパカッと割ってからむくと綺麗にできますが、いつもパカッと割った後に、片方に半分頭を出している種を取り出すのに苦労していました。何しろ実の部分がやわらかいのでほじりだそうとすると失敗してしまいます。で、今回は包丁をぐるっと一回りさせた後にグッっと力をいれて種に刺さった状態にしてやって、その後に包丁をひねるようにしてやるとパカッと割れた後、種が包丁に自動的くっついてきて取れる、ということに気が付きました。
はい、いまさら^^;;

料理・食べ物 ,

アンモナイト猫

12 月 10th, 2007

おさむうございます。
出勤時に気温が10度を下回っていなければコートは着ない。
と勝手に決め込んでスーツにマフラーだけで2週間ほど過ごしていますが、今日はぎりぎり10度だったのでやっぱりマフラーをぐるぐる巻いての出社でした。
手が凍えてしまったので手袋がいるなぁと思っていたところ、会社に着くまでにお腹が冷えてしまったらしく、出社早々トイレに閉じこもってしまいました。
そんな自分ルールは早々に捨て去って明日からコートを着るべきだなぁと思う一方、でも電車の中で汗ばむのはいやだなぁと、モンモンしています。
薄手のトレンチコートがあるものの、色や生地がいかにも春コートなんですよねぇ。ダーク系の薄手のコートがほしいところです。
まだ完全に冬になりきっていないようなこの半端な気温はいつまで続くんでしょうか。
季節も方角の「北北東」の様に、「冬冬秋」、とか、そんな感じにあらわしたほうがいいですよね、最近は四季が感覚とずれてしまって・・・。

アンモナイト猫:チャー

はい。
写真は我が家のチャーです。
ソファーの上がお気に入りで、上からいつも息子を見下ろしています。
眠くなるとこのように、アンモナイト型になる。
身体の模様と形がちょうど似ているように見えません?
なぜか目を開けていたりして、ヒジョーに怖いんですが^^;
でも、目がとろーんとしていて、気持ちよさそうなんですよね。
太古の暖かい海を漂っているような心境なのだろうか・・・。

ちょうど丸型なので、このまま玄関に飾ればクリスマスリーフになるかな?
いやいや、変な部族のおぞましいまじないにしか見えないのでやめておきます。

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下垂体腫瘍闘病生活記22【入院手術後8 11月28日】

12 月 6th, 2007

毎朝、朝食後に薬の処方(飲み薬)があったが、本日から自分で管理することに。
朝食後に
・コートリル10mg
・オメプラール20mg
を服用する。
コートリルはいわゆるステロイド剤だが、副腎皮質ホルモンの補充として。
オメプラールは胃を守るため。

昨日撮影した術後のMRIなどの資料がそろったため、夕方、術後の説明があった。
説明は病室ではなく、専用の説明室のようなところだった。
6人ほど入れる小さな小部屋で、テーブルと人数分の椅子、壁にはMRI写真透かしてを見るための機材、テーブルには人体模型の頭版。

普通に歩けば30秒もかからないほど近いところにある部屋であったが、母と兄と病室をでて、到着するまでに数分かかった。車椅子ではなく、徒歩で壁伝いに歩いたからだ。

まだまだ徒歩による衝撃で頭がたぷんたぷん揺れて頭痛が起こる。
そろーりそろーり、下を向かないようにゆっくりゆっくり。
途中のナースさんや他の患者さんたちとすれ違う時はひやひやものであった。

すたすた前を行く兄に向かって、何度か「早いよ!」と呼び止めたが、思えば兄はそれでもスピードはかなり私に合わせてゆっくり目に歩いていたと思う。

できるだけリアルに、話し言葉で説明を記しておく。

【術後経過説明会】
 日時:17:00ー17:25
 場所:西病棟B 5階 脳神経外科病棟

どういう手術をしたのか、という話からですけれども、これが実際の手術所見の紙なんですが・・・・
といいつつ、英文の論文のような紙をファイルから取り出して広げる、紙には「手術記録」とある。
見せていただいた内容は下記の通り。
 
術前診断:Pituitary adenoma
術後診断:ditto(同上)
手術術式:Removal of the tumor ria rt. endonasal transsphenoidal approach
手術時間:9:59-13:02
主麻酔:基礎麻酔
出血量:33ml
尿量:275ml
輸血量:0ml
輸液量:1180ml
摘出標本:有
組織標本:有
 
術後説明の写真以下、写真を示しながらの説明。
 
これが手術前の写真、これが手術後の写真ですね。(MRI写真)
 
これが下垂体のある場所ですね、ルートとしてはこういう形で行ったわけですね。
(顔の全面、鼻部分からまっすぐ腫瘍のある場所に線を引くようにして説明。写真[1]の進路(グレー))
 
正面を取り除いて、見えたのが、これです。
ここまで到達して、ここの骨(経蝶形骨)を開けて、硬膜(dura:脳および脊髄の外膜)という膜をあけたところ、そうするとこういう風に腫瘍(tumor)が見えてくると。
で、この薄いピンクのやつがすべて腫瘍(tumor)です(写真[2])。
で、赤いのは当然これ、血ですわね。滲んでくるような血は、やはり、ありました。
でまあ、非常にやわらかくて、採ったものを手術の後ね、お見せして、まだご本人はぼーっとしてたかも知れませんけれど、ふわふわしたのをご家族の方にお見せしたんですけれども。
 
これをどんどんどんどん採って、採っていくと、大体採れたところがこれです(写真[3])。
そうすると、赤く見えるところはくも膜(arachnoid)なんですね、くも膜というはどういうところにあるかということ、腫瘍の上を部分、この腫瘍の上の部分を覆っている膜が、すべて腫瘍を取っちゃったために(下に支えるものがなくなって)ここまで下に下りてきちゃったと。本来はこれはずーっと上の方にあったわけです。垂れ下がってきたわけです。
 
で、全部とっちゃって、とった後ですね。こうやって内視鏡―胃カメラの小さいやつですね、それを入れて覗いてきたと(写真[4])。そうするとこの、盛り上がったこの、くも膜ですね、横の部分を覗いているわけです。
これはね、左側の方を覗いているわけですけれども、細い管で残ったところを取っているところです。
 
で、全部、残ったのも全部取ったのが、これです(写真[5])。
そうするともうここがぽっかり、へこんじゃっているんですね。
で、まあ、横の部分も確認して、見えるところは全部とってきたと。
 
この写真を見ていただければわかると思うんですけれども、(MRIの新旧写真を指しながら)これ、あったところですね、同じところの写真が、だいたいこれですかね。これとかこれ。綺麗になくなっちゃってる。
 
まずね、これが綺麗に取れてしまったということを証明するためには、えーと、こっちに見えているのは視神経なんですね(もっと細かいMRIの写真を示しながらの説明)。
手術の前にも僕お話したと思うんですけれど、視神経(の断面)があるはずのところに、(腫瘍に押し潰されて)うすべらったく平べったくなっちゃって、もう見えない状態。っていうお話をしましたよね。それでこれ見えてなかったものがこれだけ(断面が丸くなって)見えているんですよ。
でもうひとつ、よく見えなかったものが、ここにこう、ちょんまげみたいに飛び出ているものがありますよね、これとつながった部分がこれなんですけれども、これは下垂体の茎といって下垂体がぶら下がっている、ここの部分ですね。これも腫瘍で押しつぶされて見えなかったのが、こうやって見えてきた。
で、これでいう底の部分、底の部分というのがここです。
で、空間だったんですけれども、空間だったところにお水がたまっています。これは、手術で中を洗ったり、顕微鏡・内視鏡でやるときに水でよく洗うんですけれども、ここまで行くのにも洗いながら行くんですけれども、それがたまっているのが白く見えているところです。
で、ここのところが取りきってしまってぽっかりあいたところですね。ここの部分は、今回あんまり水が漏れなかったで、脂肪は腹部から取らないで、植物繊維と、それから糊ですね、人間の血から使ったという糊を使って詰めてきたと。
それからとった中の色、というのは、これとこれなんですね。色が違います。こっちは黒が混じっていますけれど、こっちはまっ白けっけですね。まったくこれがなくなってしまって、中が(水や糊に)置き換わっていると。 
横から見てもこうですね。
視神経が爪楊枝みたいにこうやって見える。平べったかったのが綺麗に見えてみる。
 
なのでまあ、手術の後に、手術の前の視野の検査ではそんなに強く(視野狭窄の)症状は見られませんでしたけれども、術後すぐに目(の見え方)が明るくなった気がしませんか、と聞いたわけです。どうです?
 
(そう言われればそうかも知れないが、もう慣れちゃっているだろうから、わからない。視力は若干よくなっているような気もするが、自分では劇的な変化は感じなかったと答える)
 
で、まあ手術の前にですね、この部分はどうなるかわからないというところがありましたよね?
今回の手術の所見・画像からはですね、今回の腫瘍とは別の原因かもしれない、と言ったところですね。(視野検査の結果。確かに視野の欠損はあるが、腫瘍に圧迫と考えられる部位ではなさそうであると考えられるため、手術で腫瘍を摘出したとしても、その欠損がなるかといえばそれはわからないという話)
そういったものも評価をしたいので、今後ですね、眼科で視野検査は一応、お願いするつもりです。
 
あとはこれ(腫瘍)が何であるか、ということですね(良性か悪性かという意味で)。
手術中にですね、迅速診断といってですね、簡単に顕微鏡で調べてもらったときには予想通り下垂体線種といって良性のものだろうと、ただ最終的な結果はですね、今の時点では出ていません。
で、大体10日から2週間くらいはかかりますのでその結果は次回の外来の時にお伝えします。
ただまあ、見た感じもそうですし、悪いものではないと思いますので、その辺は、あんまり心配しないでいいと思います。
で、あとはその病理の結果にもよりますけれども、取れるところはきれいにに取ってきましたし、画像上もね、これで見る限りは残ったところは「なさそう」なので、まあ「なさそう」とわざと言っているんですけれども、それは、あの、手術の後ですとね、水があって白いところがあるといいましたけれども、手術の操作によってちょっと「ぐちゃっ」としているところもあるんですね。
なので、MRIはですね、手術のあと3ヶ月後にもう一回撮ります。
最終的に残っているところがあるかどうかっていうのは3ヶ月後の方をみて、確定することになると思います。
水っていうのは基本的に吸収してなくなります。
 
でまあ、手術中もですね、にじみ出るぐらいの、要は水(髄液)漏れは、ありました。手術中にはね。ただダーダー漏れてくるほどではなかったので、おなかから脂肪をとってつめるということはしませんでした。
なので、基本的にはですね、今後水漏れが起こるか起きないか、確率的には非常に低いと思いますけども、ただあのー、手術中にですね、我々は悪いことをするわけじゃないんですけれども、水が漏れて、だからその後水が漏れるっていうのはよくわかるんですけれども、そうじゃなくても水漏れがおこった方っていうのは数は少ないんですがいるんですね。
なので、まずは1ヶ月間はですね、頭の圧が上がるようなこと、ま、一番は鼻をかんだり、あと下を向いて物を持ったり、そういったことはやめたほうがいいと思います。
ま、1ヶ月待って、特に問題がなければ徐々に、で、3ヶ月くらいはあんまり、激しい運動はしないと。
っていう感じですかね。
 
あとは今後あのー、昨日から内分泌内科にデータ上、カルテ審ということでかかっているんですけれども、あとは向こう(内分泌内科)の部屋が空き次第、移ってもらうと。
 
おしっこがですねぇ、手術の後お薬を一日2回使ったりだとかね、しましたけれども、少しずつ落ち着いてはきているので、このペースであればしばらくすれば(薬は)使わなくてすむんじゃないかな、と思います。
おしっこに関して言えば、補充療法は必要なさそうです。
 
あと、朝1回飲んでもらっているコートリルというお薬ですね、これはですねぇ、なんでもない方でも1ヶ月・2ヶ月はしばらく飲んでもらいます。
それで、内分泌内科の検査の結果を見ながらですね、向こうの先生が徐々に減らして行ってくれると思うので、それに関しても多分、最終的には飲まなくていいようになるんじゃないかと思います。
 
で、あとは鼻に関してですけれども、今は耳鼻科の処置、してもらっていますが、結局ですね、あれをやって傷の治りがよくなるとか、あ、今みたいにずってすすらないでくださいね(私じゃなくて先生がすすっていたのだが、私がやったと勘違いされておこられた^^;)
基本的にはですね、ネブライザーみたいなものをして、鼻の通りがその後よくなるんですね、そうするとよく気持ちがよくなるらしいです。なので、もしそれをやって気持ちがよくなって鼻の通りがよくなるのであれば、耳鼻科で週に1回でも2回でもやってもらうと楽かな、と。
だけれども、絶対にやらなきゃ治りが悪くなるとかね、そういったものではないので、ま、ご希望であれば継続して、それもですね、わざわざ横浜からこちらまで通うことはないですので、必要に応じて耳鼻科から紹介状を出しますので近くの開業医の先生にやってもらうことができます。
 
今後、起きることがあるとすれば、手術は何でもそうですが、後になって髄膜炎といってですね、ばい菌が入って、要は炎症を起こすことがあるんですね。症状としては頭がものすごく痛くなって、熱がでて、で、それに伴って、もし水が鼻から出るような感じがあれば、それは限りなく怪しい。だけどそんなことはそうですね、年に1人いるかいないかくらいですので・・・もしそのときは電話で連絡ください。
 
あとは内分泌内科で3・4日くらい検査をすれば退院となると思うので、それがまあ、今週中になるかどうかは向こうのベッド状況なのでなんとも言えませんけれども、その後年内にですね、うち(脳神経外科)の外来を受診していただきます。こちらで予約を取っておきますので。で、家での様子を聞かせてもらって、それで3ヶ月後のですね、MRIを予約をすることになると思いますから。
 
ま、手術前にいろいろ脅しちゃいましたけれども、基本的には怖いことは起きていませんので、まあとりあえずはうまくいったかなと。
 
はい、といったところですが、何か質問などは?

と、言うことで以下Q&A形式でまとめました。

Q.
頭痛がひどい。
何もしなくてもいたいのは2日前までで静まった。
咳・ちょっと歩いたり、寝起きするだけで激痛がはしったりするが大丈夫か?

A.
徐々によくなっていくと思います。
一応手術でね、切っていますからね、まあ痛みに関しては、数日前、ひどかったのがだんだんとよくなってきているわけですから。ですから、まだ1週間ですからね、それは少しずつ、よくなっていくと思います。

Q.
頭の中で素潜りしたようなきゅっと言う音がなるがこれは?

A.
中にまだ水がたまっていますからね、まだちょっとそのあたりの調節が難しいかも知れません。
今後減っていけば、大丈夫だと思いますよ。

Q.
鼻呼吸は普通にしてもいい?

A.
してもいいですよ。口でばっかりしていると乾いちゃいますからね。でもクドイようだけど、”すする”のはだめ。それから、下向かないでください。前傾姿勢ってやつ(はだめ)。
要するに、自分で頭の圧が上がるのってわかるじゃないですか、そういったことは禁止、ということです。
だから、横を向くとかは大丈夫です。

Q.
1mmたりとも?

A.
smilelessさんね、ちょっとあの、まあ、お母さんとお兄さんはわかっているかもしれないけれど、ちょっと神経質すぎのところがあるので(笑)。まあでもそのくらいでいてもらったほうが安心は安心ですけど、まあ、ちょっとその辺はもう少し気楽にかまえてもらってもいいかもしれない。
頭が痛いものも、切ってんだから。そりゃいたいと思いますよ。でも5日でだんだん治ってきているんだから。

Q.
大便のふんばるのももちろんだめ?

A.
だめです。もし出ずらいのであれば寝る前に下剤を飲むとか、水分を多めにとるとか、そういう工夫は必要でしょうね。

Q.
髄膜炎の話、1ヶ月くらい経ってもなることはあると?

A.
あります。
そのときは救急ではなくて、電話で相談してください。
一番困るのは勝手に救急車で着てもらうことなんですよ。
そうすると、要はベッドがないわけですよ。電話で事前に相談してもらえればね、たとえば近くの関連施設に頼んだりすることができるし、髄膜炎といったって別にあのー、抗生剤の点滴をすれば治っちゃうわけですよ。
ここまでいきなり来ていただいて行き場所がなくなってしまうのが一番困るので、まずは電話で相談してください。熱も39度とか、40とかでますから。

Q.
腫瘍は柔らかかかった?
やわらかかったらとりやすいもの?

A.
そう、基本的にこの腫瘍はやわらかいものなんですが、たとえば箸でつまもうと思ってもつまめない、それくらいなんですよ。白子の中のやわらかい部分をさらにやわらかくしたような感じです。
だからこういう小さなおわん上のこういうのでつまんで取るわけですね。

Q.
万が一残っていた場合には?

A.
基本的にはちょっとやそっと残っていてもそのままにすると思います。
手術前にもお話しましたが、たとえばこれが視神経も圧迫していなくて、半分の大きさで、smilelessさんがじゃあ、あと30歳年をとったときにどうするか、というと、これ手術しないんですよ。
だから、ボリュームとしてこの半分のものでも基本的には手術をしないで経過をみるというものなんですよ。
ま、そういう性格のものなので、ちょっと残ったからといってじゃあ、どうなるかというと、多分、そんな大きくなって何か悪さをするころに、smilelessさんの年齢がいくつかですよね?
MRIで年単位で追っていって、もし大きくなる兆候がある・・・程度じゃあ、何もしないです。
この大きさまでいったら初めて、やる、といった形ですよね。

で、最後の締め。

また不安がらせるようで申し訳ないんですけれども、やはり同じくらいの大きさで、30代の人で、病理の結果ではそんなに悪いものではなくて、でもね、6年たって、大きくなって来た人がいたんですよね。ただ確率としてはそんなもんですよ。
僕もびっくりっていうくらいの。うちでこの下垂体の腫瘍、得に線種というは400例を超えているんですけど、(再発して大きくなったというのは)その人ひとり。だから統計をとったらもっと少ないかもしれない。それくらい良性のものなんですよ。
 
だからもし、大きくなって再発、ということになったとしても、手術以外に放射線治療という方法があるんですね。もし小さなものがあって、それが大きくなる傾向があれば、その時点で1日で済む治療なので、放射線をかけて治療してしまってもいいし、そんなに今の段階で神経質にならなくもいいと思うんですよね。
まあ、この後1年に1度MRIを取りに来てくださいって3ヵ月後に言われると思うので、それを守っていただければ、大丈夫だと思います。
まあ、基本的にはね、きれいさっぱり取れちゃったと思います。まあ、もし何パーセントとれたかといわれれば、99.何パーセントとれたんじゃないですかね?はい。なのでまあ、残っている部分がね、大きくなったとしても、たかが知れているし、で、最終的な病理の結果を見る前に言うのもなんですけれど、基本的には悪そうには見えなかったです。
あとはもう合併症が起きなければ―水が漏れたりだとか、ね。

以上。

ということでした。
ほぼ全摘出、腫瘍はたぶん良性、髄液漏や合併症など怖いことは起きていないという完璧な内容。
ほっと一安心しました。

その後、お風呂に入ってすっきり。
この日はこころなし、ゆっくりと寝ることができました。

以下、補足の写真説明です。

補足写真1
鼻を器具でグッと広げて、奥に切れ目を入れています。
金色っぽく見えるところが切れ目ですね。焼きながら切っているようです。

補足写真2
骨まで到達したので、バリバリ骨を砕きながら取り除いている所です。
マジックハンドのようなものでバリっとツカミとっています。
なんかノミみたいな道具でガンガン叩いたりしてました。
また、ある程度穴が空いたら、角張っているフチの部分をリューターで削っていました。

補足写真3
硬膜を慎重に切リ開いたあと、ドンピシャで腫瘍が見えた状態です。

補足写真4
クモ膜が見えてます。
※クモ膜(くもまく、arachnoid mater)とは、脳と脊髄を覆う3層の膜(髄膜、ずいまく、meninges)のうち、外から2層目にあたるものである。一番外の硬膜には密着しているが、内の軟膜との間には広い空間があり、小柱という線維の束が無数に伸びてクモ膜と軟膜をつないでいる。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

補足写真5
内視鏡で内部から見た映像です。

補足写真6
摘出が終わって、硬膜を縫合してから、人口糊で固めているところです。

補足写真7
説明はありませんでしたが、さらに糊で固めています。

補足写真8
術後のMR写真、正面からです。
視神経の断面がきれいに丸く見えています。

補足写真9
術後のMR写真、横からです。

※ここまでで下垂体腫瘍闘病生活は峠を越えたといっていいと思います。
この後、12月1日に内分泌内科に転科となり、各種負荷試験をして術後のホルモン分泌を確認します。
継続して耳鼻科へ通いつつ、経過を見て12月10日に退院、という運びになりました。
えーっとですね・・・
術後、ホルモンバランスが一時的におかしくなった所為か、それともとりあえず安心した所為なのか、急にこのあたりから体と心がだるくなり始めて、しっかりつけていた日記があまり内容のないものなっていくんですね。なので次回、退院までの流れをザーっとまとめた内容をupして、それでラストになるのかな、と思います。
はぁ、Blogに書き始めたときにはすぐに完結すると思ったのですが、1年以上かかっていますねぇ・・・。
そういえば、6ヶ月になる息子が最近離乳食をはじめた、という記事を書きましたが、「おもゆ」の残りのお粥は私が食べました。入院していた時、つまり1年前の賞味期限の切れた梅干が冷蔵庫に眠っていたのでその梅干を添えて。すっごく懐かしかったです。ああ、一年経つなぁと。しかも、99円ショップで買ってきた鳥の竜田揚げも一緒に食べたのですが、入院時、見舞いにきた兄がよくローソンで鳥の竜田揚げを買って来てくれて、お粥と梅干と竜田揚げという組み合わせだったなぁと。まったく同じメニューを退院してから食べるとは思いもよりませんでした。入院時によく飲んでいたJAVATEAやポカリスエットなどを飲むとまざまざとそのときのつらい思いがよみがえったので敬遠していたのですが、どういうわけかお粥+梅干+竜田揚げの組み合わせは温かいものを感じました。

下垂体腫瘍闘病生活 , ,

離乳食はじめました

12 月 5th, 2007

離乳食御膳

6ヶ月目に突入した息子ですが、1週間ほど前から離乳食をはじめました。
私は離乳食本を買って一通り読みましたが、管理は完全に妻、義母に任せています。

お店で離乳食用のさじと食器トレイを買ったりと、準備は楽しいものです。
離乳食用の器は義母が陶芸教室で作ってくれたもの。
後は、食材をすりつぶす、すり鉢ですね。
右端に映っている青いのは、シリコン製の歯ブラシもどきです。

さじは買ってきてすぐに熱湯消毒してくわえさせてみました。
全然嫌がらないので一安心。
こういうところからコツコツはじめていくんですね。

はじめはミルクの時間にミルクプラス「おもゆ」をさじで1・2杯だけ。
「おもゆ」は、お粥さんを作った時の上澄みです。
奥さんが学生で1人暮らしの時に使っていた一人用炊飯器を出してきて、これでお粥を作りました。

赤ちゃんは急にミルク以外のものを受け付ける程頑丈な腸ではないため、少しずつ慣らしていきます。
初めはまるで儀式の様に、1口、2口だけ。
で、便の調子を見つつ、だんだんと増やしていきます。コツコツです。

思ったより頑丈な子のようで、お腹の調子はすこぶる良いようです。順調な滑り出し。

離乳食御膳の素

今回のメニューですが、前日に義母が冷凍しておいてくれたものと、市販の離乳食メニューの組み合わせでした。
おもゆではなく、本物の薄めのお粥。冷凍していたものを解凍して、お湯を足してすり鉢ですりつぶしてねっとりさせています。
それと、同じく、にんじんを煮て、すりつぶしたものを解凍してお湯を足して、さらにすりつぶしたもの。
黄色いのは市販のお湯に溶かすタイプの芋の離乳食(写真ではおろしニンニクに見えますが)。

最後の芋は私が分量を間違えて3回分でした。
後で妻にこっぴどく怒られたのですが、それでもペロリ。
1時間くらいかけて、うーうー言いながら、おもいっきりこぼしながらですけど。

今まではミルクの時間に哺乳瓶を目の前にちらつかせると、早くよこせとばかりに「うー、うー」うなっていたのですが、最近は離乳食用のトレイを部屋に持っていくと満面の笑みになります。

ちょっと食べさせるのにはコツが必要ですね。
食器はバタバタする手で引っ掛けられると危ないのでそばには置けません。
お口も大概は大きく開けてくれるのですが、タイミングが難しい。
上あごでこそげるようにさじを取り出してやらないと、「ダラー」ってこぼしちゃう。
ちょっとでも間を空けると、自分の指をしゃぶりはじめちゃう。
でも面白いです。

時間はかかりますが、美味しそうに食べてくれますし。
しかもその後に、いつもの半分くらいのミルクを平らげました。

最後に、シリコン製の歯磨きもどき(1番目の写真写真右端)で口の中をマッサージするようにくわえさせます。ちょっと歯磨きの真似もしてみる。
慣れさせるためですね。
これで、歯が生えてきて、本当に歯磨きする時になったらあまり嫌がらないんじゃないかな、と。

最近は1日に2回、離乳食+ミルクに、おやつとしてソフト煎餅(赤ちゃん用で口どけが良いもの)をあげています。
好き嫌いのない子で助かっています。
うんちもばっちりいい状態。

気になるのは下記ニュース。

asahi.com:ベビーフード21万個を回収 「大腸菌群混入」と和光堂
http://www.asahi.com/national/update/1203/TKY200712030142.html

【ベビーフード21万個を回収 「大腸菌群混入」と和光堂】記事抜粋
2007年12月03日12時31分
 
 大手ベビーフードメーカーの和光堂は3日、粉末状ベビーフード「手作り応援」シリーズの5品目、
約21万個を自主回収すると発表した。自主検査で微量の大腸菌群が検出されたため。
全国のドラッグストアやスーパーなどで売られているが、
和光堂は「食べても食中毒を起こすおそれはない」と説明している。
 
 回収するのは、ホウレン草と小松菜の粉末を使っている商品で、品名は
「ほうれん草と小松菜」
「緑黄色野菜3種パック」
「野菜がゆ」
「白身魚と緑黄色野菜」
「鶏レバーと緑黄色野菜」。
 
 同社の静岡工場で生産し、8月下旬以降に出荷した。
大腸菌群は11月下旬の自主検査で発見。原料に含まれていたのか、製造過程で混ざったのかは、
不明という。問い合わせ先は同社(0120・88・5620)。

なるほど。
メーカーによると、別に食べても大丈夫だそうで(クレームなどの報告がない、という意味で)。
ってか、息子は今やそこらじゅうさわりまくった自分の手を嘗めまくっているので、ちょっとやそっとじゃ大丈夫だろうけど。

でも、やっぱりちょっと心配なので、家にある市販ものを調べてみました。
・・・全部和光堂だ。
メーカーのお知らせ(PDF)によると、対象商品は以下である、とのことなので、該当するロットのものはあるのかな?と調べてみました。

回収対象商品
和光堂ベビーフード手作り応援
「ほうれん草と小松菜」
賞味期限:2009.2.22 2009.3.12 2009.3.13
「緑黄色野菜3種パック」
賞味期限:2009.2.22 2009.2.23 2009.3.7 2009.3.18
「野菜がゆ」
賞味期限:2009.2.1 2009.2.2 2009.2.16 2009.2.17 2009.3.11 2009.3.12 2009.3.13 2009.4.9 2009.4.10
「白身魚と緑黄色野菜」
賞味期限:2009.3.18 2009.3.19 2009.4.9
「鶏レバーと緑黄色野菜」
賞味期限:2008.9.26 2008.9.27 2008.9.28 2008.10.23 2008.10.24

和光堂:「ほうれん草と小松菜」

お、「ほうれん草と小松菜」 賞味期限:2009.2.22ってあるけど、家にあるのは
賞味期限が2009.2.21だ。
一日違い。
これって大丈夫なのだろうか?
しかも箱空いているし。

ま、息子のウンチはすこぶる好調なので大丈夫なのでしょうが。

でも親としては神経質になってしまうところですよね。
義母は早くも「全部手作りにする」宣言を高々と掲げましたが、市販もののお手軽さは結構便利なんですよね。

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12 月 4th, 2007

先日自宅の2F寝室で寝ていたところ、外で動物の咳の音が聞こえました。
「ゼヒッ、ゼヒッ、ゼヒッ・・・・・・」
と、定期的に繰り返して聞こえます。
犬や猫を飼っている方なら分かると思いますが、動物の咳って人間の単発の咳とは違って結構苦しそうに聞こえますよね。
「えー、ちょっとそれいつ止まるのー?大丈夫かー?」
とかわいそうになるくらい繰り返すんです。
さては庭のオセロズ(犬:白と黒のシェルティー)が喉に何かつまらせちゃったのかな?
と窓を開けて見てみたのですが、意外に近くから聞こえる。
地上じゃなくて、ベランダのあたりから。
え?と思い妻に言うと、
「あ、あそこでリスが咳してる」
とのこと。

咳をするりす

窓から6mくらいの距離の木の枝の上でリスがうずくまって咳をしていました。
ちっちゃい身体で周りに大きく響き渡るくらいの咳をしています。
(といっても尾まで入れれば30センチは越えるサイズですが)
咳をするたびに身体が飛び跳ねるように揺れています。
そのため、その場から動けないようです。
何羽かのカラスが上空を飛んでいます。
うー、ピンチか?
見ていて本当にかわいそうになってしまったのですが、しゃっくりでもないからビックリさせて治るわけでもなし、しばらく見守っていました。
数分ほどして咳が
「ピー、ピー」
という鳴き声になり、しばらくしたら動けるようになったのか、電線を伝って林に帰っていきました。

一眼レフの望遠で撮った写真ですが、手ぶれしてますねー。
そろそろ手ぶれ補正機能の機種が欲しいところ。

写真をよく見ると、枝や幹の皮がはがれていますね。
リス君が食べたんでしょうねぇ。
今年は餌が少ないのだろうか?
庭におやつでも置いておこうかな。

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八百屋が閉店

12 月 3rd, 2007

自宅から大通りに出る前の路地に八百屋があったが、閉店してしまった。
いわゆる昔ながらの八百屋というヤツで、店内だけでなく路肩にまで野菜・果物を陳列していていたり、レジは天井から吊り下げたざるだったりと、なかなか風情があった。
いい感じにお歳を召したおじさん親子が静かに経営していたと思う。
時間帯的に私の通勤時間帯には開店していないのに加えて日曜日は休業日だったため、あまり買い物をする機会はなかったのだが、たまに気の向いたときにみかんや干芋などを買っていた。
もともと接点が少ない上に、朴訥な店主との会話は「みかんの個数と値段とおつり」くらいのやり取りくらいであったため、閉店の理由は全くわからない。
妻の話では、10月に「今月一杯」で閉める旨の張り紙が張られているのに気が付いたらしい。11月になっても「今月一杯で閉店」の張り紙が張り付いたままだったが、先日の土曜日に店の前を通ったところシャッターは閉まっていたので、本当に閉店してしまったのだろう。もしかしたらのっぴきならない状況での閉店だったのかもしれない。
いずれにしても寂しいし、惜しい。
引越ししてきた当初は、
「パセリもクレソンもズッキーニも置いていない!」
なんて憎まれ口を叩いていたのが、ほかに商店などがない、ひっそりとした住宅街に、 1軒だけ八百屋が開店しているだけで、なにか地域的な温かみがかもし出されており、どこか町の安心感をもらっていたような気がする。
車の心配も少ないし、家から一番近い買い物ポイントである、という絶好の立地条件であっため、今年生まれた長男の「はじめてのお使い」はあの八百屋にしよう。なんて勝手に画策していのだが、残念ながらそれはできなくなってしまった。

駅前の大型スーパーが改装を終え、深夜1時までの営業になったりと便利なことは素直に喜べる。
だが、こういった小さな個人商店の消滅は「時代」なのだろうか。
自分が子供時代に当たり前に存在したものが少しずつ変化していき、息子の時代には当たり前でなくなっていく、という事例の一つのような気がして、息子と私の共有できるものが少しずつ奪われてしまうような、妙な寂しさを感じた。

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